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第1話

前編
256
2023/09/20 04:05
堂島遥
まただ……
早い時間独特の清涼な空気を感じる朝。
わたしはアパートの郵便受けに入っている封筒を見て、顔をしかめた。
よせばいいのに、何が入っているのかが気になって中を開ける。
堂島遥
……朝から最悪
中には、明らかに隠し撮りとわかるわたしの写真がいくつも入っていた。
そして、写真の奥に小さなメッセージカード。


『いつも見てるよ。
今日も近くのコンビニにいたね。
新作スイーツ、おいしかった?』


堂島遥
うっ……
口を手で押さえて、そのまま駆け出す。
汚いものをつまむようにして封筒を持ち、近くにあった青いポリバケツの中に、写真ごとびりびりに破いて捨てた。
堂島遥
……こんなことになるなら、お母さんの反対押し切ってまで、一人暮らしするんじゃなかったな
 大学二年生、秋。
 わたし――堂島遥は、数か月前から、ストーカーに悩まされている。




どうすればいいんだろう。
わたしはバス停のベンチでバスを待ちながら、深いため息をついた。

 夜、道を一人で歩いていると、誰かがついてくる気配がしたり、謎の手紙が届いたり――そんなことが突然、今年の夏あたりから始まった。
 ストーカーに遭っているなんて親には相談できない。もともと反対されながら始めた一人暮らしだ。そんなことを言えばすぐに実家に戻されてしまう。
堂島遥
はあ……
 わたしはカバンにこっそりつけているアイドル・レンの缶バッチに触れる。レンは高校のころからずっと応援している大好きな推しだったが、悪質なストーカーに悩まされて、半年前無期限の活動休止を発表した。

 推しも、こんな気持ちだったんだろうか。
 
築島徹
――おはよう堂島さん。大丈夫? なんか、朝から暗いな
堂島遥
あっ
声をかけられて顔を上げ、よく見る顔が視界に入り、ほっとする。
――サークルの先輩、築島徹さんが少し離れたところから歩いてくるところだった。
堂島遥
おはようございます。あの、朝からちょっと、嫌なことがあって
築島さんとはよく、朝、大学に向かうバスの中や、バス停で会う。
わたしが住んでいるあたりは学生向けの物件が多くて、彼も近くに住んでいるらしい。
築島徹
うわ。月曜の朝に、嫌なことか。それは憂鬱だな
苦笑いをする築島さんに頷いて、わたしも苦笑いを返す。……それだけで、少しだけ安心した。

築島さんはサークルでも人気のイケメンだ。しかも親切で、わたしは以前、なくした鍵を見つけてもらったことすらある。
堂島遥
(ちょっと、雰囲気とかが推しに似てるし……)
築島徹
深くは聞かないけどさ、何かあったら相談してよ。少しは力になれると思うし
堂島遥
は、はい。ありがとうございます
築島徹
あ、バス来た。乗ろう
深入りしないところも、かっこいいな。










 朝の憂鬱な気持ちを引きずりながら大学で一日を過ごし、アパートに帰ってくる。
 さすがに郵便受けを見る気にはなれなくて、そのまま古いエレベーターで自分の部屋の前に戻った。そこで、わたしが住んでいる部屋の隣ドアに手をかける男性がいることに気が付いた。

 ぼさぼさの髪に、だぼっとした服。顔がよく見えない分厚い眼鏡。ついでにマスク。背は高いほうだけど、『冴えない』を形にしたらこんな感じなのではないかと思う彼は、わたしの隣人だった。
隣人
あ、こんにちは……
堂島遥
どうも……
いつも、こちらに気付くと、向こうから控えめに声をかけてくる。
社交的にはとても見えない見た目なのに声をかけてくるのがなんとなく不気味で、わたしはいつも彼と会ったらさっさと部屋の中に入ってしまう。
堂島遥
はああ、疲れた……
 そして晩御飯を食べて、課題をして、パソコンを置いている小さな机の前で伸びをした。
 やることが終わると、途端にストーカーのことを思い出して身震いした。
脳裏に、さっきばったりと会った隣人がよぎった。
堂島遥
……もしかしたらあの人だったりして
ストーカー。
 ……ありえなくはない、気がする。そもそも隣の部屋の人なら誰にも気づかせず手紙を郵便受けに入れることも簡単だし。
 そういえば、夏ごろに、扉の前に座り込んで具合が悪そうにしていた彼に声をかけて、水を買ってきてあげた覚えがある。
堂島遥
(それで好意を持たれた、とか)
本当に隣人がストーカーだったら、壁越しに盗み聞きとかもできたり――。
堂島遥
(いや、盗み聞きなら……盗聴器?)
 ふとした思い付きに顔を青くする。これもありえない話じゃない。

 わたしは音を立てぬよう辺りを探し回った。そして、コンセントの中に黒い盗聴器があることに気付いた。
堂島遥
ううっ……
吐き気がこみ上げる。

私は泣きそうになりながら、スマホを取った。

そして、
堂島遥
すみません、築島さん。助けてもらえませんか……!?

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