早い時間独特の清涼な空気を感じる朝。
わたしはアパートの郵便受けに入っている封筒を見て、顔をしかめた。
よせばいいのに、何が入っているのかが気になって中を開ける。
中には、明らかに隠し撮りとわかるわたしの写真がいくつも入っていた。
そして、写真の奥に小さなメッセージカード。
『いつも見てるよ。
今日も近くのコンビニにいたね。
新作スイーツ、おいしかった?』
口を手で押さえて、そのまま駆け出す。
汚いものをつまむようにして封筒を持ち、近くにあった青いポリバケツの中に、写真ごとびりびりに破いて捨てた。
大学二年生、秋。
わたし――堂島遥は、数か月前から、ストーカーに悩まされている。
どうすればいいんだろう。
わたしはバス停のベンチでバスを待ちながら、深いため息をついた。
夜、道を一人で歩いていると、誰かがついてくる気配がしたり、謎の手紙が届いたり――そんなことが突然、今年の夏あたりから始まった。
ストーカーに遭っているなんて親には相談できない。もともと反対されながら始めた一人暮らしだ。そんなことを言えばすぐに実家に戻されてしまう。
わたしはカバンにこっそりつけているアイドル・レンの缶バッチに触れる。レンは高校のころからずっと応援している大好きな推しだったが、悪質なストーカーに悩まされて、半年前無期限の活動休止を発表した。
推しも、こんな気持ちだったんだろうか。
声をかけられて顔を上げ、よく見る顔が視界に入り、ほっとする。
――サークルの先輩、築島徹さんが少し離れたところから歩いてくるところだった。
築島さんとはよく、朝、大学に向かうバスの中や、バス停で会う。
わたしが住んでいるあたりは学生向けの物件が多くて、彼も近くに住んでいるらしい。
苦笑いをする築島さんに頷いて、わたしも苦笑いを返す。……それだけで、少しだけ安心した。
築島さんはサークルでも人気のイケメンだ。しかも親切で、わたしは以前、なくした鍵を見つけてもらったことすらある。
深入りしないところも、かっこいいな。
*
朝の憂鬱な気持ちを引きずりながら大学で一日を過ごし、アパートに帰ってくる。
さすがに郵便受けを見る気にはなれなくて、そのまま古いエレベーターで自分の部屋の前に戻った。そこで、わたしが住んでいる部屋の隣ドアに手をかける男性がいることに気が付いた。
ぼさぼさの髪に、だぼっとした服。顔がよく見えない分厚い眼鏡。ついでにマスク。背は高いほうだけど、『冴えない』を形にしたらこんな感じなのではないかと思う彼は、わたしの隣人だった。
いつも、こちらに気付くと、向こうから控えめに声をかけてくる。
社交的にはとても見えない見た目なのに声をかけてくるのがなんとなく不気味で、わたしはいつも彼と会ったらさっさと部屋の中に入ってしまう。
そして晩御飯を食べて、課題をして、パソコンを置いている小さな机の前で伸びをした。
やることが終わると、途端にストーカーのことを思い出して身震いした。
脳裏に、さっきばったりと会った隣人がよぎった。
ストーカー。
……ありえなくはない、気がする。そもそも隣の部屋の人なら誰にも気づかせず手紙を郵便受けに入れることも簡単だし。
そういえば、夏ごろに、扉の前に座り込んで具合が悪そうにしていた彼に声をかけて、水を買ってきてあげた覚えがある。
本当に隣人がストーカーだったら、壁越しに盗み聞きとかもできたり――。
ふとした思い付きに顔を青くする。これもありえない話じゃない。
わたしは音を立てぬよう辺りを探し回った。そして、コンセントの中に黒い盗聴器があることに気付いた。
吐き気がこみ上げる。
私は泣きそうになりながら、スマホを取った。
そして、
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!