加減することなく大声で叫んだせいで咳き込みその場に蹲る。咳き込みすぎて涙さえ出てきた私の前に誰かの気配を感じた。
そっと顔を上げる。するとそこには、呆然と立ち尽くす暁斗君の姿があった。
必死に謝る私に、暁斗君は静かに首を振ると目線を合わせるように私の前にしゃがみ込んだ。
話しながら手が震える。言葉で誰かに想いを伝えるのがこんなにも緊張するということを、怖いということを忘れていた。
言葉だけじゃない。私はこの一年……ううん、もうずっと自分の気持ちを押し殺してきたのかもしれない。そうすることで、きっと逃げていたんだと思う。誰かにわかってもらうことからも、そして誰かをわかろうとすることからも。
私は必死に首を振る。暁斗君はこれっぽっちも悪くない。悪いのは全部私なんだから。
暁斗君は私の声を遮るようにしてもう一度名前を呼んだ。
言葉の意味がわからなくて、思わず首を傾げる。責められることはあっても、お礼を言われるようなことなんて一つもしていない。
そんな私に暁斗君はもう一度「ありがとう」と言って微笑んだ。
はにかむように笑顔を浮かべる暁斗君の姿を思わず見つめてしまう。
見惚れていたことを気づかれるのが恥ずかしくて、私は慌てて首を振った。心臓がいつもよりもうるさく感じた気がした。
その日から、私が話せる場所が家だけじゃなくなった。とはいえ、相変わらず旧校舎の音楽室以外では声は出ない。
一度、教室や他の場所でも出るのでは、と思って試してみたけれど、声が出ることはなかった。
放課後、旧校舎の音楽室でピアノの横に立つ私に暁斗君は言う。ピアノの前に置かれた長方形の黒い椅子に座り、白く長い指で白鍵と黒鍵を器用に叩きメロディを奏でる。
もう何回も聞いた課題曲。いつでも口ずさめるぐらいには聞き馴染んでいた。暁斗君の奏でるメロディに合わせて私は小さな声で歌う。
暁斗君は私がいつか声が出るようになったときに、自然と身体が耳が覚えているようにこの曲を弾き続けてくれていたのだろうか。
尋ねたらきっと「そんなつもりじゃないよ」と暁斗君は優しく笑うだろう。でも『歌え』と『覚えろ』と押しつけるでもなく、奏で続けてくれたからこそ、今こうやって私は自然と歌うことができている。
えへへ、と笑う私に暁斗君は「変な和花だな」と笑う。この距離感が、今の私には心地よかった。
旧校舎の音楽室を夕日が照らす。薄暗い室内がオレンジ色に染められていくのを見つめながら、私はポツリと呟いた。
その程度、と暁斗君は言うけれど、きっとその当時は辛く苦しかったに違いない。
脈絡もなく話す私の言葉に、暁斗君は丁寧に答えてくれる。そっかと答えながら、私はかつての親友のことを思い出す。
矛先が向いた、なんて可愛いものじゃない。あれは完全に虐めだった。私に対して揶揄したりイジったりするのとは違い、私物を隠したり教科書を捨てたりと少しずつそれはエスカレートしていった。
結局、暫くしてあの子は転校してしまった。家も引っ越した。それを私は、全部終わってから知らされた。それも担任の口から。
暁斗君の問に、私は泣きそうになるのを必死で堪えて「だって」と、笑顔を浮かべた。
きっともっと苦しかったと思う。辛かったと思う。誰かから無視をされるたびに、あの頃のあの子に謝りたいと思う。そばにいたのに辛い想いをさせてごめんって。
暁斗君の言った言葉の意味が、一瞬私には理解できなかった。あの子が、幸せだった?
そうなの、だろうか。そんな都合のいいことがあるのだろうか。
本当のところはもうわからないし聞くこともできない。それでも何もできなかった私だけど、あの頃のあの子の支えに、僅かでもなれていたらいいな。
暁斗君の言葉で、ほんの少しだけ気持ちが軽くなるのを感じた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。