親友が転校して二度目の秋が来ても、私の声は出ることがなかった。声が出ないことにも慣れたし、クラスに友達と言える人もいないので学校で声が出なくても支障はない。当てられて発言するように言われると困ることもあるけれど、大多数の教師は黒板に解答を書くようにと指示をしてくれるので助かっている。……一部、絶対に当てる人もいるけれど。
でも……。
優勝したいなら私に来ないで欲しいと思うクラスメイトの気持ちもわかる。正直言って私も休んでいいなら当日休みたい。でも全員の参加と歌うことが条件だと言われてしまうと、休んだ時点で優勝候補から外されてしまうのだろう。
具合が悪い人はどうするんだ、とか無理矢理にでも出席させるなんて間違っていると思うものの、そういうルールだと言われてしまえば従うしかない。
憂鬱に思っていると、放課後担任から職員室へと呼び出された。きっと合唱コンクールのことだろう。気は重いけれど、仕方なく言われた通り職員室へと向かった。
クラス替えによって担任も替わった。以前の若くてやる気のない担任とは違い、年配でやる気に溢れている今年の担任は職員室の入り口で立ち尽くす私を見つけるなり、大きな声で呼んだ。その声で職員室にいた他の先生や生徒が何事かと私と担任を見比べる。
注目されるのが恥ずかしくて、居たたまれなくて、私は慌てて担任の元へと小走りで向かった。
担任が差し出したのは古く錆びたどこかの鍵だった。
鍵にはプレートがついていて、そこには音楽室と書かれていた。けれど、音楽室の鍵なら何度か見たことがある。と、いうか私の通う高校は数年前に新校舎が建ち、どの教室も新しく――。
ふと過った嫌な予感。否定したいと思ったそれは、すぐに肯定されることとなった。
何が「なっ!」なのかさっぱりわからない。歌いたくなくて歌わないわけじゃない。喋りたくなくて声を出さないわけじゃない。
何度か伝えようとしたけれど、全く理解してくれなかった。きっと今も担任の中では、私はワガママで人とコミュニケーションを取らない生徒、なのだろう。
怖いほどの笑みを浮かべた担任に私は黙ったまま頷くと、差し出された鍵を受け取った。
そう思いながらも――。
そして訪れた旧校舎。音楽室の鍵を開けようとすると、中からもの悲しいメロディが聞こえて来た。どうやら誰か先客がいるようだ。
誰かが使っていたので使えませんでした、そう言えば担任も仕方ないと思ってくれるかもしれない。けれど、本当に使っていた証拠を出せと言われたら困る。
とりあえず中に入って誰が使っているのかを確認して、証拠はと言われたら名前を言えるようにしよう。名前まで聞けなくても、せめて学年だけでもわかれば。
ガチャッと音を立てて鍵を回す。そっと扉をスライドさせると中の様子を覗き見た。 音楽室の扉を開けた私の目に飛び込んできたのは、ピアノを奏でる男の子の姿だった。私より一つ年上だろうか。落ち着いた雰囲気のせいか、同い年や一年生には見えない。
その人は私に気づくと、手を止めて顔を上げた。
すみません、とか邪魔してごめんなさい、とか言いたい言葉はあったけれど、どうしても声が出ない。
でも……。
さっき私は確かにこの部屋の鍵を開けたはずだ。振り返ってドアを見る。ここは外から鍵をかけることはできるけれど、中からは鍵をかけられない作りになっていた。なら、この人はどうやってここに入ったのだろう……。
立ち上がると、ピアノの向こう側から一歩また一歩とこちらに近づいてくる。
すらっと伸びた手足、整った目鼻立ち、何より――。
私はその人から目が離せなかった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。