貴方side
のんちゃんがステージから飛び降りて
私の所に直ぐに駆け寄って優しく抱きしめてくれた。
身の回りで起きた小さな幸せから
今までの思い出の大きな幸せを歌詞に込めた先輩。
懐かしくて
色褪せてなくて
もう一度、戻りたくて…。
私たちの声だけが体育館内に響いている。
私たちの涙声が体育館内に響いている。
皆の涙声が体育館内に響いている。
私たちが思っているのはたった1つ。
『もう一度、先輩に会いたい』
もしかしたら歌詞の中の言葉の思い出も
バンド仲間からしても全部全部大切なもの。
流星先輩がそう呟いた。
その呟いた声はまた
体育館内に響くだけで
私たちはどうにもできなかった。
まだ残っている私のために作ってくれた曲の歌詞。
ふらふらな足取りで着いた自動販売機。
先輩がここで初めて
私の名前を呼んだんだ。
先輩が夏休み中に誕生日を迎えたからって言って
炭酸飲料あげたらお返しにりんごジュース
買ってくれた。
こんな大きな箱の前だけでも
沢山の思い出がある。
一斉に蘇る、懐かしい青春の1ページ。
先輩、先輩はどれもどれも覚えてますか?
お金を入れてボタンを押す。
商品を手に取ればまた涙が溢れる。
私、りんごジュース選んだはずなのに…。
自販機を見直して
先輩に買ってあげた炭酸飲料の隣が
りんごジュースだったことに気付いたら
ただの押し間違いと理解するしかなかった。
『炭酸飲料飲めへんのに何間違えてんねん。笑笑』
聞こえた。
もう聞けないと思っていた大好きな声。
でも聞こえるはずがない。
なのにどうして…聞こえたの。
声をした方を振り向けば
そこにはずっと会いたかった人が
大好きな笑顔で立っていた。
夢に出てきてと願っても
簡単に出てきてくれなかった人が
目の前にいる。
ニヤリと得意げに笑えば
また顔を出す笑窪。
抱きしめたい。
だけどそれができない。
先輩越しに見えてしまう奥の階段。
先輩は、透けてる。
私はもう先輩を抱きしめることは出来ないんだ。
涙が溢れるけど
滲んだ視界で先輩が見えないのが嫌で
必死に拭った。
半透明な先輩も涙をポロポロと流した。
先輩が涙を流しながらも
優しく笑ったから私も笑った。
誕生日を迎えた私は
先輩と同い年になっていた。
返事しないって
俺は猫やないから絶対に嫌やからな!って
言った癖に。
「彼氏」という響きにとても嬉しかった。
やっぱり私は大ちゃんだけなんだって。
半透明な体に包まれる。
体温なんて感じないはずなのに
どこかほっこりしててあったかい。
先輩の体の周りに
光が集まって強く光り出した。
そろそろ、なのかな…。
行かなきゃ、いけないのかな。
最後に優しく抱きしめてくれた大ちゃんは
光と共に消えていった。
私は大ちゃんが消えた瞬間
腕がそのままストンと落ちた。
何故か手に持っていたはずの炭酸飲料は
なくなっていて
でも代わりにりんごジュースが
私の手の中に握られていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。