第35話

初恋以上恋人未満[りょう]
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2020/02/19 17:33
[あなた視点]

私の恋はたった一回の初恋だけ。

大学生活も半ば。

今日もただの近所のお兄さんだった
大好きな初恋の人を見るために小さい画面を
覗き込む。

くしゃっと笑うと目がなくなるところとか、
白い歯も、優しい声も笑い声も、言葉選びも、
長い足も細いのに男の人の身体つきなところも、

全部あの頃と変わらないのに遠い存在になって
しまって不思議な気分だ。

私の住む街には大好きなその人の顔や名前が
至る所にあって、

時々青色を身につけた女の子が彼の名前を
口に出してたりする。

少しだけ切なくて、喉の奥が塩辛く感じる。

今の私はその子たちと同じ距離。

画面の向こう側でしか会うことが出来ない。

私の方がずっと前から好きだったなんて
通用しない。

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私が10歳の時、クラスで一人だけ自転車に乗れなかった。

だからずっと近くの公園で隠れて練習してた。

でも一人だとやっぱりうまくいかなくて、

ある日膝を擦りむいて血がだらだらと滴る
くらいに流れた。

急に怖くなってベンチに座って泣いていた
ところに声をかけてくれたのがその人だった。

10歳からしたら中高生なんて大人で、
少しだけ怖かった。

「まずは洗った方がいいよ。」

ニコッと笑ってそう言ってくれた。

見上げるとその顔に見覚えがあって、

「あ。」って声が出た。

「朝時々歩いてるの見かけるから近所の子だよね?」

また笑ってそう言うのでつられてニコッとした。

「そうそう、女の子は笑ってた方が可愛いからね。」

そう言いながら私の膝を公園の水道水で流してくれた。

そのあと家まで送ってくれて、わざわざママに事情まで説明してくれた。


その後時々公園で会うと自転車の練習に付き合ってくれたり、忙しくても声をかけてくれたりして、

気付けば10歳の私は恋をしていた。

10歳ながらも小学生なんてって分かってたから
そんなことも言えなかったけど、

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少し前までは顔を見ると声をかけてくれていたけど
今では顔を見ることもない。

私が一人暮らしをせずに実家から大学に通っているのは彼に一言でも声をかけてもらうためだったのに。

もう覚えてないよね、もう2年くらい顔見てないもん。

…失恋、だよね。


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私は一人暮らしをする事にした。

頑なに実家から離れようとしない私が
そんなことを言うもんだからパパやママは
驚いていた。

けど結局1ヶ月後にはもう一人ぼっちの部屋に
いた。

名古屋に住む事になって飲み会や合コンにも
行けるようになったし、バイトもできるように
なったから友達は増えた。

でもやっぱり心の中にはあの人がいた。



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バイト終わりの帰り道。

少しだけ騒がしい街を歩く。


別に自分が好きなわけじゃないけど、
少しだけ背伸びした大人っぽい服にシンプルな
コート。

あの人が好きになる人はこんな感じなのかなって
なんとなく思った服。


似合わないような気がして少しだけ俯いて歩いた。



「あの、お姉さん!今誰が1番綺麗な人を見つけられるかって企画…。」




顔を上げると、大好きな人がそこにいた。


「あれ?あなたちゃん?」


うわ、恥ずかしって言いながら笑うその顔は
紛れもなく私が好きになった笑顔だった。


「綺麗になったね、あんなに小さくて可愛かったのに。もう自転車に乗ってないの?」


あぁ、覚えてくれていたんだって思うと、
涙がぽろぽろとこぼれた。


「え?大丈夫?膝擦りむいた?」


そういって笑って頭をポンポンとしてくれた。

何も変わらないのに変わっていった大好きな人の
顔を今は見ることができない。


「よし、どっかでお茶しよう!」


多分少しだけ困った顔で笑って少しだけ強引に私の手を引いた。


「どうした?なんかあったの?」


引かれてもいい、そう思って、


「お兄ちゃんが覚えてくれてたの、嬉しかった。」


そう言った。


そんなことで?ってまた優しそうな顔で笑う。


変わってて分からんかったとか、髪伸びたんだねとか、しみじみ言うその姿は本当にしばらくあってないお兄ちゃんのようだった。


「よし、女の子をこんな時間まで引き止めるわけにいかないから帰るよ!」


相変わらず優しい笑顔にまた少しだけ薄れた恋心がうごきだした。



「…忘れないから、LINE交換しよ?笑」



そう言われて絶対に赤くなった顔を隠すために
また俯いて、慌ててiPhoneを取り出した。



そんな私の姿を見て変わらないなぁって
小さく言った、なんとなく恥ずかしくて
聞こえてないふりをした。



バイバイ、そう言って振った手は緊張で
冷たくなってた。

なのに頬だけが熱かった。


まだ、私の初恋は終わってないってことで
いいのかな。

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