「寝坊したっ!」
智花は私より駅一つ分遠くに住んでいる。だから早く起きなければならないはずだったのに。
数日過ごしてこの生活に慣れたから、気が緩んでいたのかもしれない。
お母さんに悪いから、朝食は少しでも食べていきたい。
急いで朝食のトーストを齧る。
「珍しいね、寝坊なんて。疲れてたの?
ちょっとこの時間だと厳しいでしょ。
駅まで送るよ?」
キーホルダーのついた車のキーを持ち出しながらお母さんが聞く。
本当は送って行ってもらいたかったが、まだなんとなく悪い気がする。
「走っていくから大丈夫!ありがとう」
なぜか不安そうな顔だったが、それを振り切って先を急ぐ。
歩いて10分、走れば5分かそこらでつく。
電車が来るまであと8分。いける。
家を出て、細い道を走り抜ける。信号がないことは確認済みだから、このまま真っ直ぐ行けばいい。
しかし、思ったよりも体力がもたない。
電車にはギリギリ間に合ったものの、動悸はひどく、荒い呼吸が治らない。
頭もズキズキと痛んだ。
次の駅で乗ってきた智花には「大丈夫?」と心配された。
「大丈夫」とは答えたものの、学校に着くまで心臓はうるさいままだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!