「元気?」
見ればわかるだろうことを、笑顔で聞いてくる。
目線だけで彼女の姿を追う。
「気づいていたよ、あのいじめのことは」
”私”が、持ってきた花束をサイドテーブルに起き、椅子に腰掛ける。
智花が大切にしていた、カルミアの花。
「あの入れ替わりの手紙ね、本当は中学の頃に届いた最初のがあって」
綺麗に伸ばされてはいるが、少し古びた紙を目の前に広げられる。
”極秘:身体交換臨床実験について
この封書はランダムで配布されています。
興味のある方は以下までご連絡ください。”
短い文章の下には電話番号。
「ここに電話したら、本当にこういうことやってるって聞いてさ。
でも高校生以上が対象だったんだよね。
忘れないように別の書類送ってもらってさ。
期限ギリギリだったけど間に合ってよかったー」
今までも智花は見たことのない”私”の表情を見せてくれたが、今回も見たことのない顔だった。
「そんなにいい子じゃないよ。演技派だった?私」
相手の優位に立って満足した、悪意に満ちた顔。
邪悪さが滲み出た醜い笑顔だった。
自分も過去は、こんな顔で彼女に接していたのだろうか。
「あの時の人たちさ、ちょっとつついたらすぐに恵の名前を言ったよ。
もう少し関わる人を選んだ方が良かったかもね」
メッセージアプリの登録欄、そこにあった”あの子”の名前は勘違いではなかった。
智花は知っていて待っていたんだ。
自分の人生を壊した人間に復讐し、人生をやり直す機会を。
過去を捨てたかったのは自分だけではなかった。
それどころか私は、置いてきたはずの過去に
殺される。
「苦しい?私がここに来る前に死んじゃったらどうしようって思ったけど、神様は私の味方だったみたいだね。」
カルミアの花が一つ落ちた。
それを”私”がつまむ。
「カルミアの花言葉、”優美な女性” ”大きな希望”なんてのがあるんだよ」
花をくるくると回しながら、うんちくを語ってきたかと思うと、持っていた花を私の胸の上に置いた。
「これだけ聞くといい花だけどね、西洋だとこういう意味もあるんだよ」
真上を向いている私の視界に”私”の顔が映る。
「裏切り」
自分は死んで、自分の身体の彼女が生きる。
それを嫌でも理解できた。
「じゃあね。メグからの最後のプレゼント、大切にするよ。」
入口へと歩いて行ったらしい”私”の顔はもう見えない。
私の身体が動かなくなってきているからだ。
もう言葉を投げつけることもできない。
投げつける言葉も見つからない。
心が痛いのは、後悔のせいか、
それとも……。
意識が闇に沈む直前に脳裏に浮かんだのは、智花の顔。
とある病院で難病にかかった少女が衰弱死した。
胸にカルミアの花を一輪抱き、生前に皆に見せていたものと同じ美しい笑顔だったそうだ。
ただ、その頰には涙で濡れていて、死に際に何を思っていたのかは、誰もわからない。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。