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第15話

最後の贈り物を
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2019/05/06 12:24
「元気?」

見ればわかるだろうことを、笑顔で聞いてくる。
目線だけで彼女の姿を追う。


「気づいていたよ、あのいじめのことは」

”私”が、持ってきた花束をサイドテーブルに起き、椅子に腰掛ける。
智花が大切にしていた、カルミアの花。


「あの入れ替わりの手紙ね、本当は中学の頃に届いた最初のがあって」

綺麗に伸ばされてはいるが、少し古びた紙を目の前に広げられる。

”極秘:身体交換臨床実験について
この封書はランダムで配布されています。
興味のある方は以下までご連絡ください。”

短い文章の下には電話番号。

「ここに電話したら、本当にこういうことやってるって聞いてさ。
でも高校生以上が対象だったんだよね。
忘れないように別の書類送ってもらってさ。
期限ギリギリだったけど間に合ってよかったー」

今までも智花は見たことのない”私”の表情を見せてくれたが、今回も見たことのない顔だった。

「そんなにいい子じゃないよ。演技派だった?私」

相手の優位に立って満足した、悪意に満ちた顔。
邪悪さが滲み出た醜い笑顔だった。
自分も過去は、こんな顔で彼女に接していたのだろうか。


「あの時の人たちさ、ちょっとつついたらすぐに恵の名前を言ったよ。
もう少し関わる人を選んだ方が良かったかもね」

メッセージアプリの登録欄、そこにあった”あの子”の名前は勘違いではなかった。
智花は知っていて待っていたんだ。
自分の人生を壊した人間に復讐し、人生をやり直す機会を。



過去を捨てたかったのは自分だけではなかった。
それどころか私は、置いてきたはずの過去に
殺される。


「苦しい?私がここに来る前に死んじゃったらどうしようって思ったけど、神様は私の味方だったみたいだね。」

カルミアの花が一つ落ちた。

それを”私”がつまむ。

「カルミアの花言葉、”優美な女性” ”大きな希望”なんてのがあるんだよ」

花をくるくると回しながら、うんちくを語ってきたかと思うと、持っていた花を私の胸の上に置いた。

「これだけ聞くといい花だけどね、西洋だとこういう意味もあるんだよ」

真上を向いている私の視界に”私”の顔が映る。


「裏切り」


自分は死んで、自分の身体の彼女が生きる。
それを嫌でも理解できた。

「じゃあね。メグからの最後のプレゼント、大切にするよ。」


入口へと歩いて行ったらしい”私”の顔はもう見えない。
私の身体が動かなくなってきているからだ。

もう言葉を投げつけることもできない。 
投げつける言葉も見つからない。
心が痛いのは、後悔のせいか、
それとも……。

意識が闇に沈む直前に脳裏に浮かんだのは、智花の顔。





とある病院で難病にかかった少女が衰弱死した。
胸にカルミアの花を一輪抱き、生前に皆に見せていたものと同じ美しい笑顔だったそうだ。
ただ、その頰には涙で濡れていて、死に際に何を思っていたのかは、誰もわからない。

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