私は締め上げてくる手を振りほどこうと両手を使うが上手くいかず焦っていた。…苦しい。顔が熱い。呼吸が出来ない。
青い眼差しが楽しそうにこちらを見上げている。
苦しい苦しい苦しい苦しい…。こいつ、まさか私を殺す気…?
ペロリと自身の唇を舐めて手により一層に力を籠める五条。
苦しくて目の前がチカチカする。まずい。これ以上されると気を失ってしまう。それだけは阻止しなきゃ…この状態で気を失ったら、何をしてしまうか分からない。
私は降参する、と言うためにもひたすらに彼の腕を叩いた。でも五条は一向に手を緩めない。
だめ…苦しい…もう何も考えられな…
あなたの首を相変わらず絞めつつ、五条は目を細めた。
次の瞬間、あなたの目が大きく開かれた。
五条悟は初めて蛇に睨まれた蛙のような気分を味わった。莫大な呪力が彼の触れている先から溢れ出てきていた。
滝に打たれたように全身から汗が出る。六眼でも視認しきれない深淵な呪力。いや、六眼で見ることすら恐ろしく感じて手を離そうとしたその瞬間。
五条は初めて領域展開の中へと吸い込まれた。そこは暗闇の中にぽつぽつと小さな光を輝かせる、まるで小宇宙のようだった。
そこにあなたは目を閉じ、胡坐をかいて座っていた。
あなたはまるで寝ているように穏やかに呼吸をしている。五条の問いかけにも答える気配が無い。五条は六眼で領域展開内を隈なく見回した。何処かに抜け出せる穴は無いか、どういった領域なのか…。
しかし、どこにも抜け出せるような歪みはなかった。六眼でどこを見つめても何も見出せなかった。
いつの間にか自分が立っているのか座っているのかも分からないような感覚に陥った。宇宙空間に放り出されたように辺りは暗くただ星は輝いているだけだった。
チッと舌打ちをしつつ、頭を掻いて五条はあなたに言ったが、相変わらずあなたは同じ姿勢で目を瞑ったままだった。
五条があなたに近寄り頭に触れようとした。
すぐそこにあったはずのあなたは遠くにおり同じ姿勢を保っていた。
すうっとあなたの目が開いた。その瞳は血のように紅かった。
次の瞬間、あなたはスッと五条の目の前に現れた。まるで瞬間移動をしたように。
紅い目に吸い込まれるように五条はその目を見つめた。そしてあなたの掌が自身の胸に触れたかと思うとその体は宙に浮かび上がった。
首に手はかかっていないのに、あなたが手をゆっくりと握っていくと共に宙に浮いた五条の首がゆっくりと絞まっていった。
紅い目が虚ろに五条を見つめる。無下限の術式を使っても領域展開内ではほとんど意味の無い抵抗だった。
意識が薄れてきたその瞬間。
パキン…!領域展開にヒビが入り光が差し込んだ。あなたの目が見開かれ、領域展開が崩れた。
気が遠くなりかけているその視界の端で楽巌寺学長が何かを唱えているのが見えた。それと同時にあなたの背に呪符が張り付けられる。
気を失うその最中、五条の目に映ったものは真っ青な空と涙を静かに流して倒れていくあなたの姿だった。
うっすらと目を覚ますを見慣れない天井が目に映った。
確かに起き上がろうとするとわき腹あたりがものすごい激痛に襲われた。
私は最後の記憶を思い起こそうと目を瞑って考えた。五条悟に首を絞められたあたりから記憶が曖昧で、最後に見たのは五条が宙から落ちていくところだった。
そういうと髪を束ねた長身の男が入ってきた。
夏油と名乗った青年は私が寝ているベッドの端に腰かけて優しい眼差しで私を見つめた。
私は腕を差し出した。硝子が血を取っている間は腕を見ないようにしていた。
硝子は素早く血液を採ると、それを大事そうに手に取った。
と言い残して部屋を出ていった。残された私は少し気まずい気持ちで夏油を見つめた。何か考え事をしていた夏油は私の視線に気づくとにこっと微笑んだ。
私は肋骨にヒビが入っているせいか上手く歩けなかったので、夏油さんが腕と腰を支えて歩くのを手伝ってくれた。体に触られるのは恥ずかしいけれど、仕方ない。
五条は隣にある医務室で眠っていた。部屋の作りは私がいたところと同じような感じだ。普通に眠っているようにしか見えない。けれど、私にはそこに赤い靄がかかっているように見えた。多分、私の術式だ。そのままにしておいても特に問題はないけれど、早くそれを取り払ってあげれたらその分彼も早く目を覚ますはずだ。
私は悟のベッド横に膝をついて彼の手を握った。私がやることを夏油さんは腕を組んで黙って見つめていた。
目を瞑って集中する。自然と口から言葉が流れ出る。
夏油の目には何も映らなかったが、空気が澄んだように感じた。何か淀んでいたものがあなたの中へと吸い込まれ、浄化されていくような感覚。底知れないあなたの力に、夏油は思わず汗ばんだ。
あなたは息を吐いて、ゆっくりと立ち上がった。五条の顔を見つめる。
これで彼ももうすぐ目を覚ますはず。
今までは嫌な気持ちで彼の顔を見ていたが、こうして眠っている顔を見ていると改めてその顔が整っていることに気づいた。
はー…天は二物を与えないんじゃなかったっけ、と少し顔を歪めながら思った。二物どころじゃない。五条は様々なものを持っている。私とは世界が違う。
ゆっくりと部屋に帰ろうとした時、不意に五条の手に掴まれた。
覗き込むと薄っすらと目を開けた五条と目が合う。
そういって夏油さんは部屋を出て行ってしまった。
その瞬間ぐい、と掴まれた手首が五条に引っ張られた。
上手く身体に力が入らず、引っ張られるがままに五条の上にのしかかるような体制になってしまった。
辛うじてもう一方の手で彼の顔の横に手を着いたが、見た感じ私が寝込みを襲っているようだ。私は変な体制になっていることと、その衝撃で肋骨が痛んで思わず顔を歪めた。
五条はその目を大きく開いて私を見ていた。私そのものというより、もっと深いところを視られているような感覚。掴まれた手を解こうとするが寝起きのどこにそんな力があるのか、びくともしない。
瞬き一つせず、青い目が私を見つめる。…正直怖い。
そうこうしている内にバタバタと数人の足音が聞こえてきた。夏油さんたちが来たんだ。私は離れようと試みたが、未だに手を離してくれないせいで動けない。それどころか、五条のもう片方の手が私の後頭部を押さえてきて顔すら遠ざけることができない。
最初に入ってきた硝子が五条に手を掴まれ、頭を押さえられて身動きとれない私を見た。
若干涙目になりながら辛うじて顔を硝子に向けると、硝子は近くにあった雑誌をくるくるっと丸め五条の頭をパーンッとはらった。
その瞬間、身体が解放されて私は思わずこけそうになる。ふわっと大きな何かに支えられたと思ったら、じとーっとした目で五条を見下ろしている夏油さんが私の背後にいた。
私は掴まれていた手をさすりながら涙目になった。肋骨がさっきより痛いのはきっと気のせいではないはずだ。
私を優しく支えていた夏油さんの手に少し力が入る。見上げると額に青筋が立っている。しばしの沈黙の後、夏油さんは硝子と私を交互に見ると
と言って私の背中に優しく手を置いた。その微笑に私は思わず見惚れてしまった。
そうして私たちは五条の病室を後にした。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。