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第1話

未定
21
2018/07/22 15:06
 『ーー』
夏の夜空に舞い散った華は、君の顔に影を作り、私が欲しかった君からの言葉さえも攫ってしまった。結局私は、一番欲しかった答えが分からないままに離れ離れの時間を過ごすことになった。

自転車を押しながら陽炎が舞う炎天下の商店街を歩けば、どこのお店にも必ず一枚は夏の夜空に大輪の華が咲くポスターが貼られていた。また今年も、あの花火大会の日が近づいていた。私はふと、突然居なくなった彼のことを思い出していた。

彼が私の前から居なくなったのは、中学生の夏休みが終わりが間近に迫った、ある日のこと。そして、その彼と最後に会ったのは、丁度この花火大会が開催された日だった。
数日前より、彼から花火大会への誘いはあった。まさかその時は、それがしばらくの別れになるなんて思いもしていなかったけど。
『…浴衣似合ってるな』
彼は一足先に約束していた港の近くのちいさな神社の鳥居の側で待ってくれていた。グレーのシャツに黒いタンクトップ。ジーンズにスニーカーを履いて腕には迷彩柄の腕時計を付けていた。
「あ、ありがとう…」
かたや私は、紺色の地に金魚が二・三匹泳いでいるシンプルなものに、赤い鼻緒の黒下駄を合わせた。巾着は小さめな朝顔が幾つか花を咲かせていた。
「…ごめんね、着付けの練習から教えてもらってたら遅くなって…」
『いいって。それより早く行こうぜ』
初めてのお誘いで緊張していた。結い上げた髪のせいで晒されていた項にうっすら熱を感じながら、彼と逸れないように、せめてもと彼のシャツの裾を右手でギュッと掴んで歩いていた。
彼は射的がとても得意だった。射的の景品の中のアクセサリーに目を奪われていると、
『あれが欲しいのか?』と聞かれ、「うん…」と答えると、屋台のおじさんにお金を払い、見事に一発目でそのアクセサリーを取ったのだ。
『ほら…』
「嬉しい…、ありがとう…。大切にするね」
そこから沢山の出店を見て回り、私はりんご飴を、彼は焼きそばとたこ焼きを買って花火がよく見えるという彼のお勧めの場所に来た。
「こんな場所よく知ってたね…」
『ガキの頃、この近くの浜辺でよく遊んでたから…』
ベンチに二人で並んで座り、海の静かな波音を聞いていた。
「あの、ね…。は、話があるの…」
たこ焼きを食べていた彼は、ふと手を止めて私の方を振り返った。
『なんだ?』
「私、ずっと好きだったの…。だから今日誘ってもらえて、とても嬉しかった」
彼の顔をじっと見つめた。その表情からは私の言葉を一言も聞き逃さないようにと真剣に向き合ってくれているのが伝わってきた。
すると、今まで聞いてくれていた彼が徐に立ち上がった。
『俺はーー』
彼が話そうとした瞬間、ヒュルルルー、という音がしたかと思うと、次の瞬間、太鼓を打ち鳴らしたような底から響くような轟音と共に花火が咲いた。次々に打ち上がる花火に、彼の表情も言葉も攫われてしまった。
「待って!聞こえない!」
花火に負けないようにと私も声を出したが、ついに彼に届くことはなかった。彼は、焼きそばを持つと、そのまま私の方を振り返ることなく、歩いて行ってしまった。
私は追いかけた。花火にかき消された彼の言葉を知りたくて。でも、彼には追いつけなかった。夜空に咲く花火を背に私だけがその場に取り残されてしまった。
夏休みの招集日。クラスの担任の先生から、彼が親の都合で急遽転校してしまったことを知らされた。
悲しかった。結局、何も分からないままに彼と離れてしまった。彼がとってくれたアクセサリーを胸元で抱きしめると、やがて涙がぽろぽろと零れ始めた。

ーーあれから五年。
彼はいまどうしているだろうか。元気にやっているのだろうか。新しい場所で誰か他に好きな人は出来ただろうか。そんなことを考えていると、彼と花火を見た場所まで来ていた。
「…会いたい…。会いたいよ…」
未だに捨てられずにいるあの日のアクセサリーを胸元に抱きしめて呟いた。
『…俺も会いたかった…』
後ろから声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には背中に温もりがあった。
「ど、どうして…?」
『あん時はごめんな…。言い出せんくて、そのままになってしまった』
振り返ると、あの時より幾分か大人びた彼がそこにいた。
『今ならはっきり言える。俺、お前が好きだ…』
「…私も好きだよ。ずっと好きなまま待ってたよ…」
彼と離れ離れになった場所で、私は彼と再び出会い、数日後一緒に花火を見ることになる。今度は手を繋いで、幸せそうに寄り添いながら。

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