____カタン。
広げていたノートの隣に、シャーペンを置く。
軽く欠伸してから、持ってきていた麦茶をひと口飲めば、一気に喉が潤う。
と、
ゴソゴソと布団が擦れるような音が聞こえ、姉の方に目を向けた。
起きたのか、と思いながら姉の方へと近寄っていく。
姉を見ると、布団の上で足を抱えて小さくなっている。
こんな寝相だったっけ、なんて考えながら近づいてみると、首筋や額には脂汗が光っている。
息も荒く、明らかに様子が可笑しい。
こちらに背を向けている体をぐらぐらと揺さぶる。
それでも一向に良くならない容態がまるで俺にまで伝播したみたいに、脈が振り幅を広げていく。
こんな時のための知識なんて、いくら脳内検索をかけても見つからない。
ただでさえいつもより狭まった思考回路が恐怖に侵食されていく。
苦し紛れに、もしくは咄嗟に口から零れ落ちた、魔法の言葉。
親父の訓練が嫌で、つらくて何度も逃げ出した俺に言ってくれた言葉。
その言葉が、あの日の続きを教えてくれた。
シーツにおびただしい皺を作る拳を、上からそっと握る。
"しょうとには、わたしがついてるから"
今思い返せば、たかが4歳児の根拠のない自信。
されど、あの時の俺にとっては何よりの安寧をもたらした。
お願いだ、治まってくれ。
咄嗟に、乱れた呼吸を繰り返す姉を起き上がらせて膝の上に乗せ、腕の中に閉じ込める。
こんなことをしたって、無意味だってことはわかっている。
けれど、これで治まってくれるなら。
そんな淡い願いと共に、握る手に力が籠る。
___肩で息をしていた灰色が、ゆったりと瞬く。
こちらに目を向けた灰色を見て、俺は思わず自分より小さな姉の体を抱きしめた。
よかった、なにもなくて。
腕の中で「苦しい」と言われ、慌てて力を緩めた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!