第614話

番外編 〜過去の痕〜 side轟焦凍
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2021/08/08 17:53
***







___おかあ、さん...?







___焦凍、危ないっ!!









***









また、いつの日かの夢を見る。





あれは悪夢だ。





あの夢をみるときは、決まって左側の火傷が痛み出す。







轟焦凍
...







スマホで時刻を見ると、まだ午前2時。





真夜中だ。







轟焦凍
...







過去につけられた、この火傷の痕。





俺は左目に、姉は背中に。





あの時は、突然のことになにもできなくて、母親がなにをしようとしているのかを理解して、ショックで動けなくて...。





棒立ちだった俺を抱きしめて、背を向けて庇ってくれたのは、姉だった。





庇いきれなかった煮え湯は俺の左目にかかって、それを見た姉は今までにないくらい号泣していて...。





その姉の姿は、嫌でも脳裏に焼き付いている。





「ごめんね焦凍」と泣きながら謝ってくるその姿は、今でも鮮明に思い出せる。





あの火傷の痕は、一生消えることはない。





母にとって憎しみの塊でしかなかった俺は、当然の報いを受けるはずだったのに。





姉はそんな俺を、自分を犠牲にして庇った。





小さな身体で、俺の身体を優しく包み込んで。







轟焦凍
...







ふと、小学生の頃を思い出す。





一度だけ、姉が泣きながら帰ってきた時があった。







"背中の火傷が気持ち悪い"







そう言われて、姉は酷く傷ついたらしい。





姉さんが泣きじゃくる姉を、必死になだめていたのを覚えている。





それと同時に、その時の自分の心情も。





俺を庇ったせいだ、と。





一番最初に思ったのが、それだった。





それ以来、姉は更衣の時などは周りの視線を気にするようになり、一時期は周りに怯える生活が続いていた。





その時はまだ周りが信じられなくて、お互いのことだけを信頼し合っていて、周りが見えていなかった。







轟焦凍
...







雄英高校に入ったばかりのことを思い出す。





その時は偶然、コスチュームじゃなくて体操服で授業をしていて、内容は個性を使った対人戦闘訓練。





が、炎を個性とする姉は、当然体操服がぼろぼろになるわけで。





一度だけ、背中の火傷痕があらわになる時があった。





全員の目が驚いたように見開かれ、姉の火傷痕を見つめていた。





その時の姉は珍しく怯えていて、クラスメイトを驚愕させていた。







"見てんじゃねえ!!"







あの時の俺たちは、まだA組の連中なんてどうでもよくて...。





俺はあの時、そう言って姉を抱きしめて、敵意をむき出しにして全員を睨みつけたことを覚えている。





それもまた、クラスメイトを驚愕させたことも。





あの日帰ったあと、姉は怯えていた。





過去の日のように。





また気味悪がられたらどうしよう、と。





ひとりで抱え込んで、泣いて、最終的には俺に抱きしめられていた。





でも今思えば、全然そんなことはなくて。





どうしてあの時、A組全員に敵意を向けたのだろうと、時々惨めになる。





A組のみんなに姉の火傷痕を知られたのは、あの時だ。







轟焦凍
...







そこまで考えてから、もう一度布団に潜る。





今考えていてもどうしようもない、寝よう。





明日も授業があるのだから。





そう思って目を閉じた、その時だ。





コンコン、と、部屋のドアがノックされた。





こんな夜中に誰だ。





そう思いながらのそのそと布団から出て、ドアを開ける。





そこにいた人物を見て、一気に眠気がふっとんだ。







轟焦凍
あなた...?







訪ねてきたのは姉だった。





姉も俺が起きているとは思っていなかったのか、驚いたように目を見開いている。





その目を見て、気がついた。







轟焦凍
どうした
あなた
っ、その...
轟焦凍
なんで泣いてんだ?
あなた







姉は、泣いていた。





それに、こんな夜中に訪ねてくるなんて、初めてのことだった。





目元で光っている涙を指先で拭って、姉を部屋に入るよう促す。







轟焦凍
とりあえず入れよ
あなた
...うん







姉は部屋に入ると、俺の方に振り返って口を開いた。







あなた
ごめんね。こんな夜中に
轟焦凍
気にしてねえよ
あなた
そっか







そう言う姉の手を引っ張り、布団の上に座らせる。





自分も同じように座って向かい合わせになり、じっ、と姉を見つめた。







轟焦凍
...あなた
あなた
...?
轟焦凍
我慢するなよ。なにかあったから、俺のとこ来てくれたんだろ?だから、なんでも言ってくれ
あなた
...っ







そう言って頭を撫でてやると、姉の瞳からぽろぽろと涙が溢れ出した。





それから、俺を見て口を開く。







あなた
背中の、火傷が痛くて眠れないの...。だから、焦凍に冷やしてもらおうと思った...っ
轟焦凍
そうか...
あなた
こんな夜中に訪ねて迷惑だ、ってことはわかってるの...。でも、痛くて、寂しくて、恐くて...っ







ごめんなさい、と震える声で呟く姉の背中に腕をまわし、優しく抱きしめる。





姉に火傷痕が残ったのは俺のせいだ。





でもそう言ったら、お前は俺のせいじゃないと言うんだろう?





お前がそういう優しいやつだ、ってことを、俺は一番良く知ってるから。







轟焦凍
大丈夫だ、あなた。迷惑なんて全く思ってねえから
あなた
焦凍...
轟焦凍
頼ってくれたんだろ?ありがとな。もう大丈夫だ、俺がいるから







だから俺は、お前のことを守ってやりたい、って思うんだ。





これはヒーローとしてじゃなくて、ひとりの男として。







轟焦凍
もう大丈夫だからな。安心しろ







そう言うと、姉は応えるように俺の背中に腕をまわしてきた。





そんな姉を抱えて、そのまま布団に横になる。





右手は姉の背中に、左手は姉の頭に。





背中を冷やしながら頭を撫でてやると、安心したのか、姉の瞳からまた、涙が一筋零れる。





その涙を左手で拭ってから、額をこつん、とくっつけて口を開く。







轟焦凍
大丈夫。俺がいる
あなた
っ、
轟焦凍
だからもう、泣かないでくれ







そう言うと、姉はしばらく俺を見つめていたかと思うと、ふにゃりと笑って頷いた。





その拍子に再び零れ落ちた涙を拭い、頭を撫でてやる。





そのまま右で火傷痕を冷やしていると、やがて静かな寝息が聞こえてきた。





どうやらちゃんと眠れたみたいだ。







あなた
...







静かに寝息をたてている姉の頭を撫でて、ぎゅ、と抱きしめる。





あの時は痛い思いをさせてごめんな。





あと、庇ってくれてありがとう。





ずっと隣で守っていてくれて、ありがとう。





感謝の言葉を心で紡ぎながら、俺は姉を抱きしめたまま目を閉じる。





いつの間にか、左側の火傷痕の痛みはなくなっていた。

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