次の日の朝、姉さんの声で目が覚めた。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
だけど、起きる気分にならない。
布団に寝転がったまま、姉さんに聞こえる声で返事をする。
無意識に体が反応する。
おそらく、昨日の林間合宿のことが報道されているのだろう。
ひとつひとつの言葉を確かめるように。
姉さんは俺に聞こえる声で話す。
声が少し、震えていた。
自分の妹がヴィランに連れ去られたなんて知ったら、そりゃそうなるよな。
姉さんの声を聞いて、やっぱりあの出来事は夢なんかじゃなかったと、今更ながらに実感する。
俺の声が聞こえたのか、姉さんはそのまま俺の部屋の前から立ち去る。
再び静かになった部屋で、ただただぼんやりする。
時刻は既に10時を回っている。
結局、もう一度寝る気にもなれず、俺は起き上がって部屋を出る。
姉さんは既に仕事に行ったようで、家は静まり返っていた。
しんとした廊下を歩き、朝飯を食べに向かう。
思わず後ろを振り返る。
が、そこには誰もいなかった。
当たり前だ。
あなたは、昨日の夜...。
ぶんぶんと頭を振って、落ち着けと自分に言い聞かせる。
空耳だ。
夢ではないのだから。
居間に着いた瞬間、また声が聞こえる。
顔を上げれば、あなたがいつものように立っていて。
俺の方をじっ、と見つめていた。
息をするように返事をして、リビングに足を踏み入れる。
再び顔を上げてみれば、あなたの姿はなかった。
幻覚を見ていたのか、俺は。
思わずその場にしゃがみ込む。
いつもなら、姉は既に起床していて、姉さんと朝ごはんを用意してくれていて。
いつものように俺に毒を吐き、文句を言って。
優しく笑いかけてくれて。
情けない。
今の自分の姿は、俺にとって一番情けなく思えた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!