第616話

No.610
6,298
2021/08/09 13:44
あなた
...







夕方になってから、私は自室で本を読んでいた。





けれど、頭の中はまだ完全に整理できていない。





父のことが心配でたまらない。







あなた
...







読んでいた本をパタン、と閉じて、立ち上がる。





ひとりだと考えちゃうからダメだ。





そう思い、部屋を出て共有スペースに向かう。





みんないるのかな。





そう思いながらエレベーターを降り、共有スペースを覗く。





が、なぜか誰もいなかった。





やっぱり、それぞれの部屋にいるのかな。







あなた
ふあ...







ひとりでソファーに座っていると、思わずあくびがでる。





話す相手がいないから退屈なのもあるし、今日はいろいろありすぎて疲れた...。





それらが相まって、だんだん眠くなってくる。





ここで寝ちゃダメなのにな...。





でも、少しだけでいいから、寝させてほしい。





...誰もいないんだし、いいよね。





そう思い、私はソファーに寝転がり、目を閉じる。





少しだけ、少しだけでいいから...。





そう思っているうちに、私は夢の中へと吸い込まれていった。









***









_____。









誰かの声が聞こえる。







_____。







聞き覚えのある声。





何度も何度も聞いたことのある声。





私の大好きな人の声。







____あなた。







その人は、甘い声で私の名前を呼ぶ。





その声がはっきり聞こえた瞬間、私は気がつくと、真っ白な空間に立っていた。





周りにはなにもない。





ここはどこだろう。





そう思いながら、一歩踏み出す。





その時だ。







あなた







誰かの声が聞こえた。





周りを見回していて、すぐに気がつく。





小さな子供が、背中を丸めて蹲っている。





子供に向かって一歩踏み出したところで、思わず足を止める。





見覚えのある、紅白頭。





ぐすぐすとしゃくりあげながら泣いている、その姿は。







あなた
焦凍...?







思わず呟いた瞬間、子供がはっ、と顔を上げる。





その顔は、確かに幼い頃の弟だった。





目には大粒の涙を浮かべ、怯えたようにこちらを見つめている。





声をかけようと、また一歩踏み出す。





その瞬間、ぐにゃりと足場が歪み、身体が宙に浮いた。







あなた
焦凍!







幼い弟が、どんどん遠ざかっていく。





私は思わず弟に向かって手を伸ばし、叫ぼうとする。





だけど、声が出ない。





さっきまでは出ていたのに...!







あなた
____ッ!!







無垢な瞳が、こちらを見つめているのがわかる。





と思ったら、弟は私を見て、柔らかく笑った。





その表情は、今も昔も全然変わっていない、弟の笑顔。





その笑顔を最後に、弟の姿が見えなくなった。

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