夕方になってから、私は自室で本を読んでいた。
けれど、頭の中はまだ完全に整理できていない。
父のことが心配でたまらない。
読んでいた本をパタン、と閉じて、立ち上がる。
ひとりだと考えちゃうからダメだ。
そう思い、部屋を出て共有スペースに向かう。
みんないるのかな。
そう思いながらエレベーターを降り、共有スペースを覗く。
が、なぜか誰もいなかった。
やっぱり、それぞれの部屋にいるのかな。
ひとりでソファーに座っていると、思わずあくびがでる。
話す相手がいないから退屈なのもあるし、今日はいろいろありすぎて疲れた...。
それらが相まって、だんだん眠くなってくる。
ここで寝ちゃダメなのにな...。
でも、少しだけでいいから、寝させてほしい。
...誰もいないんだし、いいよね。
そう思い、私はソファーに寝転がり、目を閉じる。
少しだけ、少しだけでいいから...。
そう思っているうちに、私は夢の中へと吸い込まれていった。
***
_____。
誰かの声が聞こえる。
_____。
聞き覚えのある声。
何度も何度も聞いたことのある声。
私の大好きな人の声。
____あなた。
その人は、甘い声で私の名前を呼ぶ。
その声がはっきり聞こえた瞬間、私は気がつくと、真っ白な空間に立っていた。
周りにはなにもない。
ここはどこだろう。
そう思いながら、一歩踏み出す。
その時だ。
誰かの声が聞こえた。
周りを見回していて、すぐに気がつく。
小さな子供が、背中を丸めて蹲っている。
子供に向かって一歩踏み出したところで、思わず足を止める。
見覚えのある、紅白頭。
ぐすぐすとしゃくりあげながら泣いている、その姿は。
思わず呟いた瞬間、子供がはっ、と顔を上げる。
その顔は、確かに幼い頃の弟だった。
目には大粒の涙を浮かべ、怯えたようにこちらを見つめている。
声をかけようと、また一歩踏み出す。
その瞬間、ぐにゃりと足場が歪み、身体が宙に浮いた。
幼い弟が、どんどん遠ざかっていく。
私は思わず弟に向かって手を伸ばし、叫ぼうとする。
だけど、声が出ない。
さっきまでは出ていたのに...!
無垢な瞳が、こちらを見つめているのがわかる。
と思ったら、弟は私を見て、柔らかく笑った。
その表情は、今も昔も全然変わっていない、弟の笑顔。
その笑顔を最後に、弟の姿が見えなくなった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!