第598話

No.593
6,922
2021/07/26 05:48
あなた
ねぇ、焦凍







黙り込んだままの弟に、声をかける。







あなた
あんた教室で寝てる時、ずっと魘されてたよね。その時は、大丈夫だとか、言ってたけどさ
轟焦凍
...
あなた
本当は、そうじゃないんでしょ?大丈夫じゃないなら...平気なフリしないでよ
轟焦凍
...っ







大丈夫じゃないことくらい、見ればわかる。





何年一緒にいたと思ってるのよ。





そんな思いで頭を撫でると、弟は口を開いた。







轟焦凍
...夢に、お前が出てきたんだ
あなた
私?
轟焦凍
うん...







思わず聞き返す。





お母さんじゃなかったんだ...。







轟焦凍
夢で、お前が言うんだ。もう一緒にいたくない、俺が嫌いだ、俺の左側が醜い、って
あなた
轟焦凍
お前が、こんなこと言うはずない。お前は前に、左側も含めて俺の全部が好きだ、って言ってくれたから。これは夢だ、って、夢の中の自分に言い聞かせてた。でも、
あなた
...
轟焦凍
夢の中でお前は、俺のことをおいていったんだ







弟は震える声で、言葉を紡ぐ。







轟焦凍
ほんとはお前も、俺の左側を気持ち悪いって思ってるんじゃねえか、って...。俺のこと、嫌いになるんじゃねえか、って、すげぇ不安になったんだ







そんなわけない。





私があんたのことを、嫌いになるわけない。







轟焦凍
あの時のお母さんと、夢の中でのお前の姿が重なって、怖くなった。いつかお前も、俺から離れていくんじゃねえか、って...。過去もなにもかも、忘れてしまいそうで、怖くなる
あなた
...
轟焦凍
...たまにこんな自分のことが、すげぇ嫌いになるんだ







嫌われるのが嫌だという、弟の本音。





トラウマになっている左側。





過去はもう、変えられない。





でも今は、お母さんも、弟も、みんな前を向いて生きている。







あなた
...私もね、たまに同じこと思う。けどね、過去のことを全部ひとりで背負っていくのは、間違ってると思ってる
轟焦凍
...
あなた
焦凍には私がいる。だから、安心して。あなたが泣く場所は、夢じゃない。ここだよ







そう言うと、弟は私の服を握りしめ、顔を深く肩に埋めた。







轟焦凍
けど...
あなた
...うん
轟焦凍
けどぉ...っ







わかってる、わかってるよ。





その不安は、誰にでもあることだから。





だから、ひとりで全部背負わないで。







あなた
悲しいなら、夢の中で泣かないで。そこで泣かれたら、私にはどうにもできないから。だから、泣くならここで泣いてよ
轟焦凍
...うん
あなた
わかった?
轟焦凍
...わかった、っ







ぽろぽろと零れる涙を拭ってやりながら、私は弟を抱きしめる。







あなた
私は絶対に、焦凍のこと、嫌いになんてならないから
轟焦凍
ん...
あなた
約束する。だから、大丈夫







まわされた腕に、少し力が入ったように思える。





いかないでと、一生懸命縋り付く子供のように。





どこにもいかない、おいていかないから。





そんな思いを込めて、私は弟を強く抱き返した。

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