お昼すぎのことだった。
昼食を食堂で食べ終えて教室に戻り、みんなと女子トークを繰り広げていた真っ最中。
ぽつ、ぽつ、と小さな雨粒が地面を叩き出したのは。
突然降ってきた雨を眺めながら、みんながわいわいと騒ぐ。
雨は、苦手だ。
濡れるし、じめじめするから。
なにより、
火傷の痕が、痛みだすから。
梅雨ちゃんにそう答えてから、なんとなく辺りを見回す。
が、あの紅白頭がどこにも見当たらない。
緑谷くんも飯田くんもいるし、ひとりでどこかに行ったのだろうか。
そう思っていると、ガラガラと教室のドアが開いて弟が入ってくる。
緑谷くんと飯田くんが弟に駆け寄っていき、楽しそうに話し始めるのを見つめる。
弟もまた、いつものように緑谷くんたちと話しながら、自分の席へと戻っていく。
恐らく、周りのみんなはなにも気がついていないだろう。
自分の気持ちに関してはバカみたいに無頓着で、こういう時だけは表情筋が器用に働くのだから。
今ああやって話している緑谷くんと飯田くんも、なにも気がついていないようだから。
だけど、今までの表情を見てきた私には、すぐにわかる、わかってしまう。
そう言ってから、私は教室を出る前に弟の背後にまわり、くしゃりと髪をかき混ぜてやる。
こちらを振り返った弟の表情は、私には見えなかった。
正確には、通り過ぎる時に髪を撫でただけで、別に表情は見ていなかったのだ。
まあ振り返らなくても、たぶん驚いて間抜けな表情をしているんだろうけど。
教室を出てトイレに行き、結んでいた髪をほどく。
...あの時、教室に入ってきた弟の表情は、私にしか見えていない。
だって気がついていたら、他のみんなならすぐに声をかけていると思うから。
あの時一瞬だけ見えた弟の表情は、酷く悲しそうなものだった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。