第593話

No.588
7,408
2021/11/03 00:34
あなた
あ、







お昼すぎのことだった。





昼食を食堂で食べ終えて教室に戻り、みんなと女子トークを繰り広げていた真っ最中。





ぽつ、ぽつ、と小さな雨粒が地面を叩き出したのは。







芦戸三奈
えータイミングわるーい
麗日お茶子
今日は晴れの予報やったんにね
葉隠透
私傘持ってきてないのに!







突然降ってきた雨を眺めながら、みんながわいわいと騒ぐ。





雨は、苦手だ。





濡れるし、じめじめするから。





なにより、







蛙吹梅雨
あなたちゃん、どうかしたの?少し顔色が悪いわ
あなた
!大丈夫だよ、平気







火傷の痕が、痛みだすから。





梅雨ちゃんにそう答えてから、なんとなく辺りを見回す。





が、あの紅白頭がどこにも見当たらない。





緑谷くんも飯田くんもいるし、ひとりでどこかに行ったのだろうか。





そう思っていると、ガラガラと教室のドアが開いて弟が入ってくる。







あなた
...







緑谷くんと飯田くんが弟に駆け寄っていき、楽しそうに話し始めるのを見つめる。





弟もまた、いつものように緑谷くんたちと話しながら、自分の席へと戻っていく。







八百万百
葉隠さん。傘なら私が創りますから、安心してくださいな
葉隠透
わーありがとう!
耳郎響香
あ、じゃあウチもお願いしていいかな
麗日お茶子
私も!
八百万百
もちろんですわ!







恐らく、周りのみんなはなにも気がついていないだろう。





自分の気持ちに関してはバカみたいに無頓着で、こういう時だけは表情筋が器用に働くのだから。





今ああやって話している緑谷くんと飯田くんも、なにも気がついていないようだから。





だけど、今までの表情を見てきた私には、すぐにわかる、わかってしまう。







あなた
...ちょっと、お手洗い行ってくるね
芦戸三奈
いってら!







そう言ってから、私は教室を出る前に弟の背後にまわり、くしゃりと髪をかき混ぜてやる。





こちらを振り返った弟の表情は、私には見えなかった。





正確には、通り過ぎる時に髪を撫でただけで、別に表情は見ていなかったのだ。





まあ振り返らなくても、たぶん驚いて間抜けな表情をしているんだろうけど。





教室を出てトイレに行き、結んでいた髪をほどく。





...あの時、教室に入ってきた弟の表情は、私にしか見えていない。





だって気がついていたら、他のみんなならすぐに声をかけていると思うから。





あの時一瞬だけ見えた弟の表情は、酷く悲しそうなものだった。

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