第10話

海のち山
27
2019/02/14 05:10
『ウ………リュ………ュウ』
リュウ
なんだよ………まだ早いじゃん
体を揺さぶられる感覚が鬱陶しくて、リュウは目を開けた。
CT
リュウ!
リュウ
起きた起きた、起きました
CT
ヒロ!
扉に向かって声をかけると、ゆっくりと扉が開いてヒロが眠そうな顔を覗かせた。
ヒロ
……うい
CT
海に行きたいです!
リュウ
………
ヒロ
………
少しの沈黙は、一瞬にして破られた。
ヒロ
はぁ?!
リュウ
今冬だぞ
CT
冬だけど行きたいです
ヒロ
行ってなにすんの…
CT
見たいの!見たことないの!
そう言われると、2人の中に選択肢は1つしか無い。
リュウ
行きますか…
朝食を軽く済ませて、3人はヒロの軽自動車に乗り込んだ。







運転手はヒロ。
助手席にはCTが座り、その後ろ姿をリュウが見守る。
ヒロ
なんか今日のしー大人っぽい、というか色っぽいというか…
リュウ
先輩、エロいって言いたいんですね
ヒロ
言うなバカ
CT
そう?やっぱいつもと違う感じする?
今日のCTは先日買ったケーブルニットのワンピースを着て、雑誌を見てバッチリ練習したメイクを施していた。


瞼にはピンク系のブラウン。
ラメもしっかり入っているのに、細かい為か下品な感じはしない。

先日買ったアイシャドウパレットを存分に活用しているようだ。


唇は、ひと目で人工的だと分かるほど鮮やかな色を乗せていた。
実はショッピングモールに行った後日、CTに頼まれてリップも買っていたのだ。

深みのある赤。
街ですれ違う15そこらの女の子がこんな色をつけていたら変に背伸び感が出て浮いてしまいそうな色。

しかし、CTの少しぽてっとした唇には1ミリの違和感も無い。

ヒロ
なんかドキドキするわ
CT
大人っぽい?
その、運転席に向かって笑いかける横顔すら大人っぽい。
ヒロ
大人っぽいどころじゃねぇよ
その理由は今日の容姿だけでは無いことは3人とも分かっている。

リュウの脳裏に焼き付けられた、昨晩の痩せ細った月が答えだ。

敢えて誰も言わない。誰も言いたくない。
CT
大人っぽい?
今度は後ろに顔を向けて、後部座席に向かって問いかけた。
リュウ
大人っぽいデスネー
CT
なにその言い方!
CTは顔をむくれさせたまま前を向いた。
同時に、リュウの携帯が鳴った。

3回で途切れた着信音。
画面には、
"メールを受信しました:新着メール1件"
と表示されている。


差出人は、向かうとこ敵なしと揶揄されるような人物。
リュウ
なんかボスからメールきましたよ
ヒロ
は?ボスから?珍しい
画面をタップすると文が現れた。
リュウ
なんか……海の方に向かうなって言ってます
ヒロ
なんかってなんだよ
ヒロはパーキングエリアに車を停めて、後部座席の方を見た。

リュウが携帯を差し出す。





─────────────


海に行くな。
海に行くのは向こうにバレてる。
間違いなく海で待ち伏せされてる。
さっきまでその車も着けられてたがなんとかしといた。
山に向かえ。昼過ぎ頃に動け。
夕方海で落ち合おう。
頼まれたものを届けに行く。


─────────────



"海"とはどの浜で、"山"とはどこの山なのか知らない人には分からないだろう。

だが、彼らのグループでは海とはどこで山とはどこか予め決められている。


ヒロ
海に行きたいって前誰かに話したのか?
CT
話したことは無いけど…あ、海が見たくてビーチのポスターをよく頼んでたかも
リュウ
それで勘づかれたか
CT
あぅ……
鮮やかな唇から、言葉にまとまらないほどの落胆した声が漏れる。
ヒロ
まあボスに守ってもらえてるから、心配はねえよ。
あの人の凄さは俺らが1番知ってる
ポンと、ヒロの左手がCTの頭に乗せられる。
車はUターンして山へと向かう。












狭い林道を抜けた公園に、軽自動車がぽつんと停まっていた。


平日の昼間。
いくら公園とはいえ、子連れの母親もこの山の上の公園までは来ないのだろう。

古びた遊具が寂しげに風で揺れた。


3人は揺れるブランコに、リュウ、CT、ヒロの順で座っていた。
CT
これどうやって遊ぶのが正解?
ヒロは、勢いをつけてブランコを漕いで見せた。

CTも真似するように足を動かすが、ヒロのように高くは上がらない。
リュウ
押してやるよ
ブランコから降りてCTの背中側に回る。

揺れに合わせて思いっきり押し出すと、楽しそうな笑い声が聞こえた。
CT
うわ!落ちる落ちる!きゃあ!!
リュウ
低くする?
CT
しなーい!
リュウの頭の上から楽しそうな声が降ってきた。
リュウ
なんだよ…ほら!
わざと力強く背中を押すと、再び楽しそうな声が降ってくる。
ヒロ
しー!まだ俺の方が高いぞー!
CT
もー!リュウ頑張って!
リュウ
しーも足動かせば上がるんだって!
CT
え?こう…出来てる?
ワンピースの裾が空気を含んでふわりと揺れる。
CT
リュウ離さないでね…これ出来てる?
リュウ
出来てる出来てる。上がってる
CT
離してるじゃん!!リュウ!!
リュウ
こら暴れるな!落ちないから!!
CT
あ!ヒロと同じくらいじゃない?
ヒロ
え?マジで?負ける!!!
リュウ
俺も参加しまーす
ヒロ
は?シードかよ!!
リュウ
まだ1回戦目でしょ!
ゆらゆら。
ワンピースが控えめに、楽しそうに揺れる。
CT
あれ!リュウもう高い!
ヒロ
おーいシードだからって調子乗るなよー!
リュウ
実力ですよー!
ヒロ
プロブランコラーかよ!
CT
ぶらんこらーってなに?
ヒロ
知らねぇのかよ
リュウ
ブランコラーって日本語は初めて聞きましたよ!
ゆらゆら。
3つの頭が、子供のように揺れる。
ヒロ
うるせぇな。こーいうのは言ったもん勝ちだろ!
CT
勝ち?勝手に勝ちにしないでー!
リュウ
そうですよ、今先輩が1番低いじゃないですか!
ヒロ
じゃあ5秒に1番高かった人が勝ちでーす!せーの!
CT
ごー!よーん!
リュウ
さーん、にー…
ヒロ
いーち!!
リュウ
CT
ヒロ
リュウ
しーかな
ヒロ
……負けた
CT
私の勝ちー!!!
ゆらゆら。
金と銀の心が、揺れた。

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