『ウ………リュ………ュウ』
体を揺さぶられる感覚が鬱陶しくて、リュウは目を開けた。
扉に向かって声をかけると、ゆっくりと扉が開いてヒロが眠そうな顔を覗かせた。
少しの沈黙は、一瞬にして破られた。
そう言われると、2人の中に選択肢は1つしか無い。
朝食を軽く済ませて、3人はヒロの軽自動車に乗り込んだ。
運転手はヒロ。
助手席にはCTが座り、その後ろ姿をリュウが見守る。
今日のCTは先日買ったケーブルニットのワンピースを着て、雑誌を見てバッチリ練習したメイクを施していた。
瞼にはピンク系のブラウン。
ラメもしっかり入っているのに、細かい為か下品な感じはしない。
先日買ったアイシャドウパレットを存分に活用しているようだ。
唇は、ひと目で人工的だと分かるほど鮮やかな色を乗せていた。
実はショッピングモールに行った後日、CTに頼まれてリップも買っていたのだ。
深みのある赤。
街ですれ違う15そこらの女の子がこんな色をつけていたら変に背伸び感が出て浮いてしまいそうな色。
しかし、CTの少しぽてっとした唇には1ミリの違和感も無い。
その、運転席に向かって笑いかける横顔すら大人っぽい。
その理由は今日の容姿だけでは無いことは3人とも分かっている。
リュウの脳裏に焼き付けられた、昨晩の痩せ細った月が答えだ。
敢えて誰も言わない。誰も言いたくない。
今度は後ろに顔を向けて、後部座席に向かって問いかけた。
CTは顔をむくれさせたまま前を向いた。
同時に、リュウの携帯が鳴った。
3回で途切れた着信音。
画面には、
"メールを受信しました:新着メール1件"
と表示されている。
差出人は、向かうとこ敵なしと揶揄されるような人物。
画面をタップすると文が現れた。
ヒロはパーキングエリアに車を停めて、後部座席の方を見た。
リュウが携帯を差し出す。
─────────────
海に行くな。
海に行くのは向こうにバレてる。
間違いなく海で待ち伏せされてる。
さっきまでその車も着けられてたがなんとかしといた。
山に向かえ。昼過ぎ頃に動け。
夕方海で落ち合おう。
頼まれたものを届けに行く。
─────────────
"海"とはどの浜で、"山"とはどこの山なのか知らない人には分からないだろう。
だが、彼らのグループでは海とはどこで山とはどこか予め決められている。
鮮やかな唇から、言葉にまとまらないほどの落胆した声が漏れる。
ポンと、ヒロの左手がCTの頭に乗せられる。
車はUターンして山へと向かう。
狭い林道を抜けた公園に、軽自動車がぽつんと停まっていた。
平日の昼間。
いくら公園とはいえ、子連れの母親もこの山の上の公園までは来ないのだろう。
古びた遊具が寂しげに風で揺れた。
3人は揺れるブランコに、リュウ、CT、ヒロの順で座っていた。
ヒロは、勢いをつけてブランコを漕いで見せた。
CTも真似するように足を動かすが、ヒロのように高くは上がらない。
ブランコから降りてCTの背中側に回る。
揺れに合わせて思いっきり押し出すと、楽しそうな笑い声が聞こえた。
リュウの頭の上から楽しそうな声が降ってきた。
わざと力強く背中を押すと、再び楽しそうな声が降ってくる。
ワンピースの裾が空気を含んでふわりと揺れる。
ゆらゆら。
ワンピースが控えめに、楽しそうに揺れる。
ゆらゆら。
3つの頭が、子供のように揺れる。
ゆらゆら。
金と銀の心が、揺れた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。