ここで話していると誰かに見られてしまう可能性がある。
私は航を旧校舎に連れて行った。
航はここを凄く気に入ったみたいだ。
ソファーに凭れかかり、リラックスしている。
航は私の前で作り笑顔をしなくなった。
警戒しなくてもいいと判断してくれたのだと思うと嬉しい。
けど、私は完璧には信用していない。
私がいいと判断するまでは…私の領域に入らせない。
航には変装していること、バレていたんだった。
でも、本当の私を見せることはまだできない。
横目で航を見ると、おやつを待つ子供のように目を輝かせていた。
私がそう言うと少し不服そうな表情をしたが、なんとなく理由を察してくれたみたいだ。
私はメガネを取り、ブレザーのポケットに入れる。
長くて邪魔くさい前髪を後ろにかき上げた。
視界が一気に広がる。
航は口を半開きにして間抜けな顔をしている。
…まぁ、普通に考えて祐美が整った顔をしているのに双子の姉が不細工なはずがないでしょ。
…認めたくないけど、顔の造りは祐美とそっくりだ。
正直、自分の顔が嫌いだから嬉しくない。
仕方がないけど祐美とそっくりな顔が大嫌いだ。
鏡を見るたびに嫌になる。
だから、小学生くらいから自分の顔を前髪で隠している。
似ていると誰にも言われたくなかったから。
航は無言で近づいてくると、ポケットに収めていた眼鏡を取って私にかけた。
瞳を左右に揺らし、分かりやすく動揺している。
常に余裕があり、表情には出さないであろう航が顔を赤くしている。
呆れたように私が言うと、航はムッとして拗ねた。
航は再びソファーに腰掛けて、赤くなった顔を手で扇いでいる。
やはり祐美とそっくりと言われるのは気分のいいものではない。
私はそれ以上何も言わず、航が落ち着くのを待ち、授業に行くことにした。
クラスのことを教えてくれるような友達はいないし、それは知るはずがないよね。
人に対して疑い深い私が航を信頼し始めている。これには自分でも驚いている。
航は不敵に微笑んだ。
これがモテる要素なのだろうと理解した。
普通の女なら惚れるだろう。
…だから顔が整っている人はずるい。
何しても絵になるんだもの。
一緒に行っては怪しまれるので、航が出て5分後に私は教室に向かった。
教室に近づくにつれて、女の叫び声が聞こえてくる。
多分…いや絶対、航のファンが騒いでいるのだろう。
ドアの前に立つと、いつもの数倍うるさい教室に入るのが憂鬱になった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!