全員のアピールタイムが終わり、主催者が合格者の名前をつげる。
それぞれが喜びの声をあげるなか、沙良はひとり、すっと手をあげた。
合格した四人のほか、審査関係者たちもざわついた。
沙良はすこし考えてから首をかしげた。
沙良は一礼して、ぽかんとする参加者たちの前を通る。
よぎるとき、小声で声をかけられた。
なんのことだ? と相手を見る。合格者のひとり、灰賀一騎だった。
一騎は気遣わしげな顔で沙良を見ていた。
カチンときた。
正直、歌にもダンスにも自信があった。
沙良の父は有名ミュージカル俳優、母はもと歌劇団トップ娘役。
歌にダンスに演技にと、生まれた瞬間から両親の重い期待のもと、レッスンを受けさせられてきた。
じっさい沙良は五才で子役デビューをはたしているし、すでに持ち歌のCDも発売している。
今回の最終オーディションだって、一番観客を沸かせたのは沙良だ。
どの角度のどの笑顔、どんな言葉やしゃべり方が魅力的か、ぜんぶ知っている。
息をするように演じられる。
負ける要素などだれにも、どこにも――――
一騎はふたりにしか聞こえないような小声でそう告げた。
鼻で笑おうとして、結局できなかった。
思い出すのは、ついさっき立ったばかりのステージから見えた、ひとりの女子だ。
沙良の登場に客席がどっと沸くなか、彼女だけがよそ見をしていた。
――いや、出番が終わりステージを去る風真の姿を、けんめいに追っていた。
まばたきすら忘れて魅入る、あのきらきらした瞳。
特にこれと言っておしゃれなわけでもなく、美人なわけでもない。
それなのに、妙に気になった。
あの目には、風真以外のなにもうつっていなかった。
すでにオーディションは沙良の番になっていたのに。
だれもが沙良の登場に沸くなか、沙良を見ようともしない。
こっちをむけ、とトスした花は、観客たちがけんめいに手をのばすなか、彼女の手によって払われるようにして落ちた。
――彼女がのばした手は、風真を追ってのものだった。
一騎がやったね! といわんばかりの笑顔で審査関係者に手をふる。
手を差しだしてきた相手を見る。……白雪風真だ。
どこが? と考えているうちに、合格者たちで組んだ円陣の中にとりこまれていた。
風真ががっちりと沙良と肩を組む。
その反対側をガッチリ体型の豆井戸亘利翔が捕獲した。
叫ぶ亘利翔の横で、おどおどと気弱げにしているのは眠桔平だ。
一騎のかけ声に、みんなが「エイエイオー!」と声をあげる。
たぶん、きく気もない。
そして審査関係者も沙良を逃がす気はないようだった。
二〇××年 四月。
エッグレコード付属会社所属新アイドルグループは、こうして五人でスタートを切ることとなった。
デザートのようなワクワク感をあたえ、甘くやわらかな歌声でみんなをつつむグループになるようにと、観客投票によってグループ名を『Dolce(ドルチェ)』と決定した。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。