ドルチェにあたえられたミーティングルーム、通称ドルチェ部屋。
そのドルチェ部屋があるマンションの一階ダンススタジオで、ドルチェのメンバーたちは滝のような汗を流していた。
すでに二本目になるペットボトルを空にしながらわめいているのは、豆井戸亘利翔。
イメージカラーはイエロー担当。
キレとパワーあるダンスが定評の、ドレッド頭の個性派アイドルだ。
見ための威力がすごすぎるが、歌もうまい実力派でもある。
ギリシャの髪はカツラだ。脱ぎ捨てられたドレッドが、大型ミラーのまえにころがっているさまはなかなかシュールに見える。
よほどおどろいたのか胸を押さえているのは、眠桔平。
イメージカラーはグリーン担当。
いつも自信なさ気にしてはいるが、実は運動神経抜群の隠れハイスペックキャラだ。
気弱なところさえ乗りこえられれば化けるのでは、と期待されている。
床にへたり込みながら、風真へと話しかけているのは、灰賀一騎。
イメージカラーはライトブルー担当。
人あたりのいいなつっこい笑顔が特徴だ。
年相応の天真爛漫な歌声にくわえて、力強いがなりや、フレーズ終わりのぬけるような吐息が魅力的だと、早くもファンの支持を得ている。
白雪風真はイメージカラーのピンク担当。
メイクにスカートといういでたちに、高音域を得意とする中性的な歌声が特徴的だ。
だがそれだけでなく、もともともっている華やかな存在感と、女装姿なのに男らしい言動が、「カッコかわいい」と熱烈なファンがつきはじめている。
三本目のボトルに口をつけながら、ギリシャが言う。
ギリシャが「感心感心」とあごをさする。
そんな彼らのようすをイメージカラーパープル担当の塔上沙良は、スタジオのすみっこから気だるげに――いや、気だるげどころか布団にもぐりこんで、かんぜんに寝っころがりながらながめていた。
話にのぼっているファンの子なら、風真と遭遇しそうになるたびに、まっ赤になって逃げだしているのを知っている。
遠くにネコを見つけたネズミのごとく、風真たちが気がつくまえに、猛ダッシュでいなくなってしまうのだ。
風真のことが好きなのか嫌いなのか、どっちなんだ、とふしぎに思う。
――ちなみになぜ知っているかといえば、沙良が練習をサボっているからである。
あるときはマンションの植えこみのかげでぼんやりしていたり、あるときは廊下の死角スペースで昼寝をしていたり……。
風真たちと行動を共にしていないから、のぼせた顔で逃げる例の女の子がよく見えるのだ。
一騎が風真の顔に流れてきた汗をふいてやりながら言う。
ファンはよくわからないが、風真を一番だいじにしているのはこの一騎でまちがいないと、沙良は思う。
なんでも、ふたりは幼なじみなのだとか。
しかも一騎が幼いころ家庭になにか問題をかかえていて、つらいときにずっと支えてくれたのが風真だったらしい。
くわしくは沙良も知らないが、それがあって一騎はいま、逆に風真を全力で支えようとしているのだとかいう話だ。
風真が言うと、「だなあ」とギリシャが相づちを打つ。
ドルチェはまだ、結成から数か月しかたっていない、かけだしのアイドルだ。
そんな新人に単独(ワンマン)ライブなど行えるはずもなく、あたえられるステージといえば、まだまだオープニングアクト――つまり知名度のあるアイドルの前座ばかりだ。
だから、基本的に会場の観客たちはドルチェを見にきたのではなく、別のメインアイドルのためにチケットを購入してきている。
オープニングアクトでの歌やパフォーマンスは、客にとっては見たいテレビのあいまに流れるCMのようなもの。
あるいは、映画上映の冒頭に流れる予告編でしかないのだ。
ギリシャと風真がじゃれあっているところへ、席を外していたダンス指導の先生がもどってきた。
パンパンと手を叩く。
よーしじゃあ、と声をあげかけて、先生は布団で寝ている沙良を見て、眉をつり上げた。
寝てるだけだろぉ? というギリシャの声は、とりあえず黙殺する。
イラっとした。
布団をはねのけ、立ちあがる。
ピリリと張りつめた沙良の表情に気圧されたのか、先生が課題曲のスイッチを入れた。
同時に、沙良も自分の中のスイッチを入れる。
振りつけなんて、とうに覚えていた。
流れるメロディーに意識を落とせば、体は自然に動く。
うぉおおおおおお! と謎の奇声をあげるギリシャは黙殺する。
お母さまが、という声がまだ聞こえたが、ふり返ることなく沙良はダンススタジオをあとにした。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。