フッと笑い、どこかへ足を進める彼女にそう言われ一瞬ドキッとした。
事実だった。
進める足を見ながら、俺は心底、後悔した。
そう、あれは作戦だった。
いぶが自ら即興で組んだ作戦。
カメラを必死に回していた感覚が蘇る。
止めに行きたくても、タイミングが分からなかった。
しかも、いぶには「撮影だけして、絶対来るな」と言われていたし。
何より、怖かった。
男の自分が、みっともなくて、恥さえ覚えた。
いぶは静かに笑った。
何故かたくましかった。
どこまでも、どこまでも、走り続けるその背中を、俺は見ているだけのような気がした。
廊下に出ると、何やら周りの視線を感じた。
確実にみんなの視線はいぶに向かっていた。
無理もない、こんなにボロボロなんだから。
いぶは辛そうな、恥ずかしそうな、そんな悲しい顔をした。
俺はいぶの手を引き、ザワつく人波をかき分け保健室目がけて大股で進んだ。
***
案の定、保健室には横たわったままのあなたとあなたの頭を撫でるれんがいた。
れんはこちらに気づくとすぐに手を引き、辛そうに笑った。
あなたとれんの他にも、慌ただしく動く担任、保健室の先生がいた。
「結構な重症だわ。やはり救急車を呼びましょう。」
保健室の先生がそう言った時、緊迫した空気が流れ、俺には「死」の1文字が浮かんだ。
もし、あなたがこのまま命を落としたら。
失いたくない。
その気持ちだけが止まらなかった。
"バタン"
すぐ横で音がした。
「浦田さん?!」
担任がスマホを取り出した瞬間、いぶが…いぶが倒れた。
保健室の先生がすぐさま駆け寄り、様子を伺う。
言葉が出なかった。
高校という青春時代。
世間からはそう言われるかもしれない。
でも実際は、春ではない。
俺らの青春なんてそこには_
無かったのかもしれない。
「死」が
「死」がこんな近くにあるなんて。
自然と一筋の涙が頬を伝った。
「先生!早く救急車を!」
担任は慌てながらも、その指示に従った。
俺は、俺は何もできなかった。
すると、
俺って…
あなたが好きなんだ。
今気づいた。
こんなにも人を思ったことは無い。
こんなに危険な状態にでもならないと分からなかったというのか?
涙が、止まらなかった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!