「そんなんで私はなんとか都会に来て、職を探した。」
「その時に声をかけて私を拾ってくれたのがキャバクラの店長さん…」
「違うわ…あんな変態男…」
「相川 煌さん…煌店長はもっと優しくて…カッコよかった…何でも相談に乗ってくれる人…」
「ま、まぁ店長さんのお陰で私は死なずに済んだの。キャバクラは嫌だったけど、そうでもしないとお金なんか入らないもの…」
「本当は飢え死にする覚悟でいたのに。」
「蘭さんはね、キャバクラで会った常連さん。」
「お店でまだ無名だった私を毎回指名してくれた。」
「蘭さんは有名会社の社長さんなんだって。」
「そんな蘭さんに突然、結婚を申し込まれたの。」
「そうよ…でもお付き合いもしてなかったし。」
「私、蘭さんあまり好きなタイプじゃなかったの。あっちは戦略結婚させられるのが嫌なんだって、それでいいのがいないかキャバクラ来て、私の容姿に惚れたから結婚したい…とか言うけれど、信じてないわ。」
「もちろん結婚したらこんな生活から解放されるって分かってた。」
「でもそれを把握した上でお断りしたわ。」
「だって…まだあのお店にいたかったから…」
「そうよ…私…店長さんが頑張ってつくり上げたこのお店が好きなの…」
「いいえ…私…店長さんが好きなの…」
先輩は泣いていた。
苦しそうに、まるであの頃の私みたいに。
「でも断っても蘭さんはお店にやってきて、何回も何回も結婚を申し込まれた。」
「私は何度も断った。そしたら急に…」
「って言うのよ…きっと私が店長さん好きなの知ってるのよ…手が届かないことをいいことに…私好きでもない人と結婚しないと…いけないの…?」
「嫌…嫌よ…辛いわ…あなたちゃん…」
「今あなたの気持ちが分かったの。」
「辛さや痛さ…違う形だけど…」
「きっとあなたくらい辛くないだろうけど、初めて傷ついた。」
「もう遅いけど…今更だと思うかもしれないけど…許されることじゃないけど…」
「ごめんなさい。」
「あんなことしても、たいがくんは振り向いてくれないことなんか最初から分かっていたのに。」
「あなたを傷つける必要は無かった…」
「私が頑張れば良かったのよ…たいがくんが振り向いてくれるような魅力的な女性になればよかった…」
「あなたが…あなたちゃんのことが羨ましかっただけなの…」
「こんなことするつもりじゃなかった…」
「ごめんなさい…」
「あなたはどこまで優しくて強くて素敵な女性なの…?」
「あなたみたいな人間になりたかった…私なんか自分のことが嫌いになって、名前を変えて生きていたのよ、弱い人間よね…今までの人生に意味はなかったのよ…」
返事に困っていると、遠くから走る足音が聞こえた。
また声が出せなくなった、いぶの時と同じだ。
私が入ってきた入口から顔を覗かせたのは…
今はきっと柿原先輩の意思で話してるんだ。
店長さんが柿原先輩に近づいて、先輩の正面に同じにようにしゃがんだ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!