第19話

あの夏が飽和する。
26
2020/09/23 10:39
桜華
桜華
昨日人を殺したんだ。
 桜華はそう言っていた。梅雨の日に傘を差さないで帰ってきて、ずぶ濡れのまま部屋の前で泣いていた。夏がはしまったばかりなのに桜華は酷く震えていた。そんな話しで始まる、あの夏の日の記憶。
桜華
桜華
殺したのは隣の席のいつもいじめてくる花憐(かれん)。もう嫌になって肩を突き飛ばしたら、打ち所が悪かったの。もうここには居られないと思うし、どこか遠いところで─死んでくるよ─
 そんな桜華に私はいった。
茜
それじゃ私も連れて行って。
桜華
桜華
え?
 戸惑う桜華を無視して私は準備を始めた。財布、ナイフ、携帯ゲームも鞄に詰めた。ふと、あたりを見渡すと集合写真が目に入った。隣に置いてある日記も。日記は破き、写真は投げ捨てた。他にも要らない物は壊していこう。人殺しとダメ人間の私と桜華の旅だ。
 そして私達は逃げ出した。狭い、狭いこの世界から。家族もクラスの友達も全て捨てて桜華とふたりで、もうこの世界に価値などないよ。人殺しなんてそこら中わいてるじゃんか。桜華は何も悪くないよ。そう、桜華は何も悪くない。
 けっけょく私達は家族にすら、誰にも愛されたことなんて無かった。そんな嫌な共通点で簡単に信じ合っていた。
 桜華の手を握ったときかすかな震えは既(すで)になくなっていて、誰にも縛られることなく、二人で線路の上を歩いた。金を盗んで、二人で逃げて、何処(どこ)にでも行けそうな気がした。私達に今更怖い物なんてなかった。
 額の汗も、落ちた眼鏡も、
桜華
桜華
今となっちゃどうでもいい。
桜華
桜華
あぶれ者の小さな逃避行の旅。
茜
いつか夢みた優しくて、誰にも好かれる主人公なら、汚くなった私達のことも見捨てないでちゃんと救ってくれるのかな?
桜華
桜華
私はそんな夢なら捨てたよ。現実を見て、今までの人生で思い知ったでしょ?「しあわせ」の四文字なんてなかったでしょ?
桜華
桜華
(自分は何も悪くないと、きっと誰もが思ってる。)
当てもなく彷徨う蝉(せみ)の群れに。
水もなくなり揺れ出す視界に。
迫り来る鬼達の怒号に。
 馬鹿みたいにはしゃぎ合っていた。そしたら、桜華はナイフを持った。
桜華
桜華
茜が今までそばに居たからここまで来れた!だからもう良いよ、もう良いよ。死ぬのは私一人でいいよ。
茜
え?
 そして、桜華は…─首を切った。─
まるで、何かの映画のワンシーンみたい。
白昼夢(はくちゅうむ)を見ている気がした。
 気づいたらたら私は捕まって、
桜華が何処にも見当たらなくて、桜華だけがどこにも居なくて。
───次の月───
 そして時は過ぎた。ただ暑い暑い日が過ぎていった。家族もクラスの友達も居るのになぜか桜華だけがどこにも居ない。
………………、あの夏の日を思い出す。私は今でも、今でも歌ってる。桜華をずっと探してる。桜華にいいたいことがある。
9月の終わりにクシャミをして、
6月の匂いを繰り返す。
桜華の笑顔は、
桜華の無邪気さは、
頭の中を飽和している。
誰も何も悪くないよ。
桜華は何も悪くないから。
「もういいよ、投げ出しちゃおう」
そう言って欲しかったんでしょ?
ねぇ、桜華。
あの夏の日の記憶が私の頭の中を飽和している。
───────────────────────
主!
主!
いつもより長かったですねぇ。主頑張りましたっ!てことでっ!
主!
主!
ばいばーい!
桜華
桜華
さようなら~
茜
バイバイッ!

プリ小説オーディオドラマ