第13話

水族館その1side織姫
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2021/03/12 16:39
「彦、サメがいるわ。他の小魚もいるのにどうして食べないのかしら?」

飼育員の人がメジャーのようなものでサメの長さを測っていた。どうやらサメも身体測定があるみたいだ。

「あれは、エサを定期的にやって、サメが常にお腹いっぱいの状態にさせてるのよ」

織姫さんは水族館が好きみたいで何度も通っているらしい。
彼女はデジカメを持ってきて、何度も写真を撮っていた。
俺達も水槽を背に何度も撮ってもらった。

「私も飼育員さんみたいに水槽の中に入れるかしら」

「かぐやが水槽の中に入ったら人魚と間違われそうだな」

「伊達に竹の中に入ってただけのことはあるわよ」

かぐやは胸を張って答えた。

「水槽なんて序の口そうだね」

そう言った夏樹は織姫さんのカメラのモデルになっていた。
ピースや色気のあるポーズを決めていた。
織姫さんに『夏樹君、面白い』と楽しそうに写真を撮っていた。

俺とかぐやと夏樹と織姫さんの四人で水族館に来ていた。
かぐやの不老不死の力から解き放たれたことで、晴れて自由の身となった。もう、身を潜めて生活することはなくなった。俺は意識を回復してから、すぐに退院した。一方、夏樹は退院するまでに一か月かかった。その間、俺たちは夏樹の見舞いに通っていた。
夏樹の退院祝いに、せっかくだからどこかに出かけようと決めた。夏樹が水族館へ行きたいと開口一番に言ったので、俺達は休日に遊びに行く運びとなった。
夏樹が入院中に織姫さんとよく話をしていたので、彼女の好きな場所を選んだのかもしれない。
守さんと秋子さんも誘ったが断られた。守さんは『彼女とデートするから』と言って、秋子さんは『彼氏とデートするから』と言った。それって二人は付き合ってるのじゃないのかと思ったが、あえて口にしなかった。夏樹が退院するまでの間、天文部の活動はお休みとなった。守さんが飲み会に誘ったから不幸な出来事に見舞われたので申し訳なさそうにしていた。俺は『大丈夫です。夏樹も皆と星を見たがってます』そう一言伝えた。

「春彦君、イルカライブは見ものだよ!」

織姫さんがはしゃぐように声をかけてきた。
彼女いわく、この水族館は内陸最大規模でイルカライブの遠方には新幹線が見えるほど眺めが良いらしい。各水槽には飼育員さんの手書きの説明書きがされていた。中には『私たちも魚をおいしく食べます。この水族館では魚が減っていくことはありませんから安心してください』と人間味あふれる一言もあった。ゲートから入って真っ先に見たはオオサンショウウオで、一つの水槽に大量にひしめきあっていた。かぐやにみせると『ギャー』と声をあげるほどだった。一目を引いたのはチューブ状のガラスにアザラシがいた。間近で見られたので鼻の穴までみえた。その水槽は別の水槽と繋がっていて、行ったり来たりしていた。さらに進んでいくと通路にペンギンの足跡がベタベタとあった。
ガラス越しにペンギンを見た。それもかなりの数でかぐやが『ペンペン』と言いながらうっとりさせていた。この水族館の一番のオススメは二階まで通じる大水槽だった。サメやイワシやクエ、他にも俺が知らない魚が沢山いた。酸素を吹き出す泡が天井まで伝っていた。部屋が薄暗いこともあり、魚の色とりどりな模様とサンゴ礁のようなゴツゴツした岩がガラス越しには青みがかって幻想的だった。

「この大水槽で皆の写真を撮りましょう」

そう言った織姫さんは自分のデジカメをその場にいた人に渡して、皆の写真を撮った。
俺は織姫さんの力の心配をしていた。彼女は俺のために力を使ってくれた。そのため、俺には彦星としての力がない。もう寿命も短くなる心配がなくなった。だが、彼女は違う。今後、誰かの願いを叶える時が来るかもしれない。本人は一度きりだけ力を使うと、かぐやから聞いたが先のことはわからない。俺もかぐやも人になった。だが、織姫さんだけが願いを叶える力がある。それは、一種の孤独ではないかと思った。彼女は一人で悩みを解決しないか、つまりは力を使わないか心配をしていた。そう思っていたのは俺だけでなく、かぐやも夏樹も同じ考えだった。

「彦、見てタコよ。おいしそうね」

「かぐやは刺身が好きだからな。今夜は刺身にするか」

「鑑賞してるのによく、食べ物の話ができるね」

「夏樹だって、差し入れの時に、さば寿司を食べたろう」

「今は食べ物のことは考えてないって」

「そうだな、今は差し詰め織姫さんのことを考えてそうだな」

「彼女のことは毎日考えてるよ」

夏樹は入院中に一度、織姫さんの力を失くすことを提案した。夏樹がそれを願いたいからと申し出たのだ。
だが、織姫さんは『今はまだ織姫の力を失いたくない。必要となる時が来るかもしれないから』と夏樹に伝えた。本人が断ったからには俺達には何も出来ない。でも、きっと織姫さんは怖いはずだ。俺だってそうだったのだから。彼女のために俺達ができることをしたい。

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