第5話

5話 逃がしてなんてやらないから
学校が終わり、
バイトに来ていた私は……。

ラッピング用のリボンを補充するため、
カウンターに立ち、ハサミでカットしている。

手は止めていない、決して。

ただ、頭はトリプルデートのことで
いっぱいだった。
あなた

どうしよう、なんて切り出そう!

常葉 紫乃
常葉 紫乃
なに騒いでんの
あなた

ひいっ、出た!

常葉 紫乃
常葉 紫乃
あのさ……人を幽霊みたいに
言わないでくれる?
あなた

だって、ちょうど常葉くんのこと
考えてたから……

常葉 紫乃
常葉 紫乃
えっ
常葉くんが珍しく狼狽えていた。
常葉 紫乃
常葉 紫乃
……俺のことって、
どんなこと?
あなた

あ……それは……

あなた

(ついに来てしまった、
このときが!)

店長は花の仕入れの仕事で、
今は店の奥にこもっている。
あなた

(話すなら、今がベスト!)

あなた

実は……ね

私は親友たちからトリプルデートを
しないかと誘われたことを話した。
あなた

常葉くんさえよければ、
どうかな?

常葉 紫乃
常葉 紫乃
いいよ
あなた

いいの!?

常葉 紫乃
常葉 紫乃
誘ってきたのそっちなのに、
なんで驚いてんの?
あなた

あ、いや……だって、
ふたりでのデートもまだなのに、
いきなりトリプルデートって、
嫌かなって……

常葉くんの表情を窺うと、
なぜかきょとんとしている。
あなた

(私、なんか変なこと言ったっけ?)

常葉 紫乃
常葉 紫乃
ふたりでデート、
してくれる気はあるんだ?
あなた

え?

常葉 紫乃
常葉 紫乃
あんた、俺が好きなわけじゃ
ないでしょ
あなた

それは……

常葉 紫乃
常葉 紫乃
真面目すぎ
あなた

(でも、常葉くんだって、
本当に私が好きなわけじゃないよね?
……とは、なんとなく聞きづらい)

あなた

あ、あの!

あなた

(とりあえず、話題変えよう!)

あなた

もうそろそろ、『あんた』って
呼ぶのやめない?

あなた

(付き合ってる付き合ってないに
関わらず、『あんた』呼びは、
ちょっと他人行儀すぎて悲しいもんね)

常葉 紫乃
常葉 紫乃
なに、それ
でも、常葉くんはなぜか
手の甲で口を押える。
常葉 紫乃
常葉 紫乃
それって、俺に名前で
呼ばれたいってこと?
怒ったふうに言う常葉くんの耳は、
ほんのり赤かった。
あなた

(常葉くん、まさか照れてる?
でも、私のあの言い方じゃ、
遠回しに名前で呼んでほしいって
お願いしてるみたいだよね)

なんだか私まで照れくさくなってきて、
私は顔を俯ける。

するとなぜか、
常葉くんがカウンターの内側に
やってきて、私の前に立つ。
あなた

(え、なんで今、近づいてくるの!?
私の顔、絶対に赤くなってるのに……っ。
もう常葉くんのバカ!)

ぎゅうっと目を瞑ったとき、
常葉くんの手が私の顎を持ち上げた。
あなた

(わっ)

驚いて反射的に目を開けると、
切なげに揺れる瞳が私を見つめている。
常葉 紫乃
常葉 紫乃
あなた
あなた

(私の名前って、
こんなに響きよかったっけ? 
なんだか、常葉くんに呼ばれると
特別綺麗に聞こえる)

常葉 紫乃
常葉 紫乃
俺だけ、不公平なんだけど
あなた

そう言われましても……。
どうすれば……

常葉 紫乃
常葉 紫乃
俺のことも呼び捨てにしてよ
あなた

ええっ、心の準備が!

常葉 紫乃
常葉 紫乃
俺にだけ言わせて、
逃がしてなんてやらないから
常葉くんは私の腰を抱いて、
ムッとしたまま顔を近づけてきた。
常葉 紫乃
常葉 紫乃
あなたが呼ぶまで、
離さないから