第16話

16話 店長の過去
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2020/09/19 04:00
──翌日、私はバイトに来ていた。

今日は紫乃くんはお休み。

だけど、バイトが終わったら
迎えに来てくれることになっている。
あなた

……はあ

あなた

(紫乃くんのこと、
私、異性として意識してるのかな?)

草間 樹
草間 樹
あなたちゃん、具合悪い?
早退する?
あなた

ひゃっ、店長!

草間 樹
草間 樹
なにか悩み事?
あなた

あ……えっと……

なんでもない、と言おうとして、
私は口を噤む。
あなた

(ここは年上の意見を
聞いてみるのもいいのかも)

あなた

あの、店長って彼女とか
いるんですか?

草間 樹
草間 樹
ん? 俺はいないよ。
というか……作る気もないんだ
あなた

え! 店長なら選びたい
放題なのに、どうして……

草間 樹
草間 樹
……実はね、俺が花屋を
やってるのは、
親友の夢だったからなんだ
突拍子もない話題に一瞬、
思考が止まるも、私は耳を傾ける。
あなた

親友さんの?

草間 樹
草間 樹
花が大好きで、
そんな彼女のことが俺も……
本当に好きだった
──好き。

自分に向けられたものではないのに、
胸がとくんっと、小さく音を立てる。

きっと、店長がいつも以上に優しい顔で
そう言ったからかもしれない。
あなた

(でも、なんで過去形なんだろう?)

その理由は、すぐにわかった。
草間 樹
草間 樹
一緒に植物園に行く日、
俺との待ち合わせ場所に
向かってる途中で、
交通事故に遭ってね
あなた

え……

草間 樹
草間 樹
その子は亡くなったよ。
実はその日、告白しようって
決めてたのに
あなた

(大好きな人に先に旅立たれるって、
どんなに悲しいだろう)

あなた

私は……

あなた

(ダメだ、なんて言葉を
かけていいのか、わからない)

あなた

その……親友さんを
今でも想い続けているんですね

でも、もうふたりの関係は
親友以上には進めない。

だから店長は、
その人のことを親友としか言えない。
あなた

(こんな言葉でしか表せないけど、
悲しすぎるよ……)

あなた

店長、私……店長には、
幸せになってほしいって
そう思います

あなた

(新しい恋に進んでも、
進まなくても、店長が幸せだなって
思える日が来たらいい。
だって、親友さんのことを話してる店長、
寂しそうだから……)

草間 樹
草間 樹
ありがとう
あなた

(店長、やっぱり悲しそう。
なにか、私にできることは
ないのかな……)

そう思って何気なく見回した店内。

ふと名案が閃いて、
私は飾ってあった小さな鉢植えを持ち上げる。
あなた

店長、いつも私たちの
お世話をしてくれてありがとう!

草間 樹
草間 樹
あなたちゃん、なにして……
あなた

いっぱい話しかけてくれて、
嬉しいよ!

私はなんとか励ましたくて、
花になりきって店長に話しかけた。
あなた

でも、店長イケメンだから、
あんまり近くで話されると、
ドキドキしちゃうなーなんて

草間 樹
草間 樹
はは、その子、女の子なんだ?
あなた

あらま、店長。
こんなに美しい私を男の子だと
思ってらっしゃったの?

草間 樹
草間 樹
ぷっ、もうダメだ。あはは!
急にお嬢様になってるよ、
あなたちゃん
あなた

あ、ふふっ。
役に入り込みすぎちゃった
みたいですね!

ふたりでお腹を抱えながら笑う。

おかしくて涙が出てきて、
私は目尻を拭いながら店長のほうを向いた。
草間 樹
草間 樹
…………
すると、店長が優しい眼差しで
私を見つめているのに気づく。
あなた

(店長……?)

草間 樹
草間 樹
あなたちゃんの明るさに、
俺はいつも救われてるんだ
あなた

救うだなんて……

草間 樹
草間 樹
花を見るたび、あの子のことを
思い出して胸が苦しくなる。でも……
店長は眩しいものでも
見るみたいに目を細めた。
草間 樹
草間 樹
バイトを頑張るあなたちゃんを
見てるとね。自然と自分も
頑張ろうって、前を向けるんだ

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