夜になり、僕はオンボロ寮へと向かっていた。
事件現場とは別の場所だが、オンボロ寮は森に近い。
おまけに、新しい監督生も魔法は使えない。
無事なのだろうか。
オンボロ寮の玄関前に立ち、恐る恐るノックをするが、返事どころか音がしない。
おまけに、人の気配もしなかった。
裏に回って上を見上げると、二階の奥の部屋の窓が開いているのに気付く。胸騒ぎがして空中に浮かび、窓のそばに寄ったが──────────
部屋には誰も居なかったが、中は散乱していてベッドや床は血塗れだった。この部屋で何があったのだろうか。カナデは何処にいるのだろうか。
カナデと最後に会ったのはこの間の夕方頃。
“近付くな”と拒絶された、あの日だ。
顔色は悪かったが、最初は平然と振舞っていたカナデ。だが、少しすると突然、腹を抑えて苦痛の表情を浮かべオンボロ寮の中へと走って行った。
窓を閉めたあと地面におりて、学校の方へと歩いて行く。部屋には大きな爪痕があったが、魔法を使った形跡はなかった。だとしたら何者が、何の目的で?
いや、もしかしたら……
そんな時だった。茂みの方からカサッと、微かに音がして僕は横を向いた。
一瞬だったが、“白い髪”が木の間から見えた。
名前を呼ぼうとするも、同時に「探したぞマレウス」と、名前を呼ばれる。
リリアの問いに答えることは出来ず、僕は考えるように俯いた。
僕が「哀しい目?」と聞き返すと、リリアは「うむ」と、笑顔で頷いた。
リリアに言われ、カナデに言われた言葉を思い出した。
────────“どうせなら、アンタみたいな奴になりたかったな”。
あの日、カナデは確かにそう言った。
僅かに微笑んではいたが、リリアの言う通り“哀しい目”をしていたかもしれない。
その後は直ぐに誤魔化されてしまったし、今思い返せばその時、踏み込んでは行けない“一線”がハッキリと引かれ、見えた気がする。
僕みたいになりたかったとは、どういうことだろうか。単純に、高い魔力が欲しいとか、魔法が使えるようになりたいとか、王族になりたいとか、カナデが言っていたのはそういう“なりたい”ではなかったように思える。
“拒絶”だって、僕やリリア達を個人で受け入れないと言うよりかは、自分のテリトリーに入って欲しくない、探られたくないと言った拒み方がしっくりくるかもしれない。
……今回の事件はカナデと何らかの関係があるのだろうか。カナデが“錠”ならば、“鍵”は何だ。何処にあるのだろうか。カナデは何を悩んでいて、僕達は何からカナデを救えばいい?分からないことだらけだ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!