第2話

「選択肢」
21
2020/06/11 21:36
PM13︰15

僕は気分転換に散歩をするべく、軽く着替えを済ませてから家の扉を開ける。

散歩という名目だが、小さめのショルダーバッグに一応最低限スマホと財布くらいは忍ばせておいた。

母と住んでいるこのアパートはまあまあ年季が入っていて、2階の玄関の外の通路から錆びついた鉄製の階段を下るこの瞬間は毎度のごとく少しヒヤヒヤとする。

僕は鉄製の乾いた足音を立てながら、生い茂った雑草の香りが入り混じった外の空気の方角へと足を運ばせた。

「あ、暑い」

結果僕は外に出るべきではなかった。

部屋の室温は昨日の冷房の影響でそこまでひどく暑いというわけでもなかったのだが
6月に見合わないこの強烈な日差しは僕の体の水分を容赦なく蒸発させていく。

路面には眩しいくらいに反射した太陽光。

道端には干からびたミミズ。

まるで干した貝紐のように干からびているミミズが「次はお前の番だ」と幻聴のようにささやく声すら聞こえてきそうだ。

まさに水分補給一択である。
問題はどこで調達するかだが、、

ここからコンビニまでは徒歩で10分程度。
どうする?引き返すか。

待てよ、自動販売機ならここから5分程度だぞ!

我ながら正解すぎる状況判断。

しかし。

待て待て、冷静に考えろ。
ここであえて一旦帰るという選択肢もある。
いや、数少ない休日での外出なのに出て早々にとんぼ帰りするのはどうなのか。
しかし、普段部屋に閉じこもっている軟弱体質の僕の体が持つだろうか。
いいや、面倒くさがりな僕の性格では一度家で水分補給して夕方になってから二度目の外出なんて絶対にしないだろう。

僕は今人生最大の選択肢に迫られている。
いや、大袈裟かもしれない。暑さで頭がやられて実際大袈裟になっているのだろう。

残念ながら通勤にバスだけで事足りるという理由から僕は自転車を所持しておらず、
唯一ある一台の自転車は今日母がパートに行くために使っている。

一応ペーパー気味だけど免許も持っていて車も元父のお下がりの車を持っているのだが、暑い車内に冷房振りまいて車内に入れる温度になるまでバッテリーを消費しながら待っているのは非常に面倒だ。

要するに今は徒歩以外の選択肢はないということになる。

そしてようやく覚悟を決めて、僕は徒歩で近くの自動販売機へ向かうという決断に至った。

そこからの足取りは驚くほど軽かった。
あれほど強烈だった太陽光も、今は一筋に差した希望の光にすら感じた。

PM13︰23

今日は土曜日ではあるが僕の住んでいる地域は関東のやや在方(要は田舎)にあるため、人通りもそこそこという感じだ。

あっという間にたどり着いた自動販売機。
僕の目線には輝くスポーツドリンク。

僕は迷わず斜めがけの小さなショルダーバッグを背中から胸側へズルりとずらし、合皮の濃い茶色の薄っぺらい財布から小銭を取り出した。

「チャリン」

「カラン」

、、、。

出てきたのは飲み物ではなく、返却口から入れたはずの100円玉。
僕は自販機あるあるだよねと思いつつ冷静に財布から別の100円玉を投入する。

「チャリン」

「カラン」

、、、。

そんなことある?

この硬貨、ドルじゃなくて円だよな。
思考停止したまま、ふと下を見下ろすと
取り出し口のやや上に小さい張り紙で
「故障中」の文字があった。

あれだけ冷静だった僕の額からいよいよ冷や汗が流れ出す。

いや、暑くて本当の汗かもしれない。

今はそんなことはどうでもいい。

車でコンビニまで行けばよかった。
最初の判断は間違いなく不正解だったのだ。

僕は一度深呼吸をし、20才の大人がそんなことで慌てるなと自ら喝を入れて次の案を考えることにした。プランBというやつだ。

まずここまで来てとんぼ帰りは論外、別の自販機となると僕の知っている範囲で10分以上かかる。となると残りの案はあの場所しかない。

コンビニだ。

それならここからさらに5分ほどで向かえるし、ついでに夜食やお菓子を買ってもいい。

硬貨の返却口から200円を取り出し僕の頭のナビゲートをコンビニへと変更した。

PM13︰30

程なくしてコンビニの前までたどり着くと、真っ先に目線が引き寄せられたのはコンビニではなくなぜかそのコンビニの駐輪スペースだった。

「あれ、この原付」

淡いクリーム色のレトロ感漂うボディに特徴的な白いハート型の印刷のあるシート(椅子の部分)

誰が乗っていたかまでは思い出せないが、印象的な原付だったので、どこかで目にしたような気がして思わず僕は目が留まってしまった。

しかし今はそれどころではないことを思い出し冷房の効いた店内に入り、至福の顔を浮かべて飲み物コーナーへと足を急がせる。

汗ばんだの顔に目をキラキラとさせて冷房の癒やしのちからで口が半開きになっているが気にするものか!僕は今水分補給という生命存続を脅かす暑さとの闘いの最中なのだ。

「あれ?かみくら君だよね?」

後ろから聞き覚えのある声

この声は間違いなく職場の同期
石橋 屡奈(いしばし るな)であった。

「え、あの、、神倉(かぐら)ですけど?」

最悪だ。

タイミングも人物も。

一番見られたくないタイミングで一番見られたくない人に見られてしまった。

結論、僕は完全に選択を誤った。

つづく

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