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第1話

「理想と現実」
21
2020/06/11 21:34
最近若者の中で普段の生活の様子や筋トレ、勉強している姿などを動画にして投稿するといった事が流行っているらしい。

いわゆるルーティン系の動画とかいうやつだ。

かくいう僕、神倉 薫(かぐら かおる)もぴちぴちの若者の20才!
でも高卒派遣アルバイト

 動画にするつもりはないけれどなんとなく流行に乗りたい気分なので、今日はそんな高卒で派遣のアルバイトの僕でも優雅な休日を過ごしているんだぞという記録をここに記そうと思う。

AM8︰00 起床

白いレースのカーテンから漏れる太陽の光が優しく朝を迎えてくれる。

小鳥の鳴き声で目を覚ますとゆっくりと上体を縦に起こす。

たちまち漂うコーヒの香りの出どころを辿ってダイニングへと足を運ぶと、そこには焼きたてのトーストと煎れたてのコーヒー

そして今日も「おはよう、朝ごはんできてるよ」と彼女が優しい声と笑顔で出迎えてくれた。

「もう少し寝ていればよかったな」

という言葉に彼女は首をかしげると

「そしたら君のマシュマロのような唇で僕のほっぺが幸せになれるのにな」

とすかさず補足をする僕。

二人の空間に笑みがこぼれた。

、、、。

と、ここまでが僕の理想だ。

大丈夫、理想だとは勘づいてたけど予想以上に気持ち悪いと思ったあなたの感性はきっと間違ってない。

AM11︰00 起床

夜中の3時すぎまでネットサーフィンと画面越しにマウスで照準合わせてAK(銃の種類)ぶっ放していた人間が朝早く起きれるわけがないし、
そもそもそんな早い時間にアラームを設定してなどない。

AM11︰00分30秒 再び就寝

もちろん最初のアラームは起きるためのものではなく来たる30分後のスヌーズ機能の際に起きやすくするためのサブウェポンなのである。
ついでに昨日つけっぱなしにしていた冷房を止めてふただび布団へとうずくまる。

AM11︰30 ようやく起床

カーテンの色は白ではなく紺、カーテンなんてほとんど洗濯しないからなるべく暗めの色がいい。
ちなみに設定が11︰30なのは11時代までは朝なので僕はちゃんと朝起きているという暴論を成立させるためだ。

あくまでも今日僕はお休みの日、いつもこんな時間に起きているわけではない。
ただ少し休日が優雅なだけ。

ニートではない、暇系なのだ。

「チッ」

開幕舌打ちをしてアラームを止めたついでにスマホをいじりだし、スマホゲームのログインボーナスをもらわなきゃという謎の使命感にかられた。

AM11︰50 朝食

もう少しスマホをいじりたいところだが異様な臭いが気になりそれどころではないので臭いの出どころを辿った結果、キッチンへと行き着く。

なんとなく想像はついていたがやはり犯人は腐った味噌汁の残り汁であった。

きっと昨日の夜から朝にかけて火を通してないことが原因だろう。

あ、もちろん作ったのは彼女ではなく母である。というかここは実家なので到底彼女なんて住んでないし、お察しの通り彼女なんかいるばずがない。

 元々僕の母は生まれつき嗅覚が鈍いらしく悪臭に関しては気づかないことが多いので別段珍しいというわけでもないのだが、流石にほんわりと暖かくなってきたこの時期に火で沸かしもせずに放っておいて腐らないわけないと思う。

まあ作ってもらっている手前、面と向かってそんなことは言えないけども。

「ジャーッ」
僕の朝ごはんのお供である味噌汁は見るも無残にシンクの三途の川へと旅立っていった。

「そっか、お袋今日もシフトだっけか」
母は僕が中学の時に父と離婚して今ではスーパーのパートとして働いている。

そして母は昨日とシフトが入れ代わり今日は仕事に出ているので今は僕一人というわけだ。

「もう少し寝ていればよかったな」

僕は改めてアラームを設定したことを後悔した。

大事な味噌汁は失ったが冷蔵庫には納豆と卵、野菜入れには袋詰めのカット野菜と僕にはまだリーサル・ウェポンが残されている。

僕の脳はまだ昨日のFPS(平たく言えば銃で撃つゲーム)の世界のままだった。

PM12︰30 歯磨き&洗顔

朝食を終えて洗面台へと向かう。
説明するまでもなく歯磨きと顔洗いのためだ。

僕の家の洗面台は正面の鏡が扉になっていて奥に歯ブラシなどの収納スペースがあるのだが僕は洗面台に着くと早々に正面の扉を開ける。
そして、そのまま最後まで閉ない。
なぜなら夜ふかしして寝癖だらけの妖怪と化した僕自身とご対面になるからだ。

特に自分の顔にコンプレックスがあるというわけではないが、朝というか起きてから間もない時間の顔は見たくないのだ。むくんでるし。

PM12︰50 ゴロン
この時間は本当に有意義だ。
布団に寝っ転がりながらスマホをいじる

それだけ

なんなら今ハマっているスマホゲームのルーティンをメインに紹介したっていい

「それはお話として成り立たないからやめてくれ」って天の声からのお察しが聞こえてきそうなのでやめておこう。

ただなんというか時にこの生産性のない時間が一番不安になる瞬間があって

確かに今僕は働いている。
でも高卒、しかも派遣
そしてアルバイト
今の仕事がなくなったら、、、。

いつもの休日なら休日が重なる母がいて自分一人という意識が薄れていたのだが、いざ一人になると自由な時間から自分を見つめ直す時間へと変わっている気がする。

「外の空気でも吸うか」



僕は休日にしては珍しく、外に出ることを決意した。



つづく

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