第11話

静かな女
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2020/11/01 15:25

千寿郎は、あなたに同行することが多く
新しくできた姉上だと紹介して回った。



それもあってか…

父・慎寿郎も、外食や酒の買い出しの際にあなたの話をよく耳にした。



『若い嫁さんで羨ましい限りだ』

『よくできた奥さんでよかったわね』



最初こそアレが倅の嫁だと説明したが今ではわざわざ言うまでもないと放っていた。

話せない女が小さなメモ紙を持って
街の人間と交流を取るのと同じく

『お父様へ』と毎日手紙をくれていた。



自分がこんなにも突き放しているのにも関わらず、嫁に来た娘は、毎日自分を気にしてくれる。

違和感を覚えながら
千寿郎がえらく懐いている様に安心も覚えていた。



妻だった瑠火は、早くに亡くなってしまい…
本当なら今でも子供たちの成長を見て笑いあったり、辛い胸の内を支えてくれていたはず。

千寿郎に至っては、母の記憶も薄いだろう。
それは自分でも理解できていたが、上手く感情と付き合うことができなかった。

酒に溺れる父なぞ好きになる娘は居ない。

だか、知り合って間もないあなたは、
義理の父を気遣う姿や、美味しいお酒を頂きましたのでと部屋にもって来てくれることもあった。



たしかに良くできた嫁かもしれない。

家事も効率的にこなし
食事も上手に作ってくれる
どこか懐かしい味がするのも良いところだ



最近では、杏寿郎が忙しいのか、
一人でいる姿を時々見かけるようになった。

一人で居るとさすがに表情が少なくなるし
何かを考え込んでいるように見えることもあった。




自分も千寿郎たちのように
あなたと筆談してみたら良いのだろうが
紙とペンを持つ娘に筆文字は難しいだろうかと…

変な意地からどうも話せずにいた。




手紙の返事くらいなら…
たまに書いてやろう。

そう思うと少しだけ心が温まった。





酒を買って帰ると庭先にあなたが居た。

桜の木に隠れるようにして
小さく、しゃがみ込むように…

良く見ると肩を抱えて震えるように見えた。




自分から話しかけることなどほとんど無いが
様子が普通ではなかった。


「何か……」

何かあったのか?
声をかけようと歩みよる足音に気付いたのだろう。


あなたは、すぐさま身なりを正して
俺の方へ向き直ってきた。


ーーーーーーニコリ。


泣いていたような跡がある。
何もなかったように振る舞う姿に胸がチクリと傷んだ。



会釈だけするとあなたは、何かを拾い集め屋敷に入ってしまった。





酒に溺れ、甲斐性もないような自分に
心配をかけられる訳がない。

この家を支えるためか自立のためか
あなたは仕事を始めるらしいことも町で聞いた。



経済苦ではないが、あの娘なりに悩んでいるのだろう。



使いを頼んでいた千寿郎にもあなたの様子を見るよう伝え、自分でも一筆『何かあれば頼りなさい』と書いて部屋の前に置いてきた。







最初。1番最初に。

嫁を貰うと話した杏寿郎から『冰女』という種族の話があったのを思い出した。



あの娘は滅多に泣かない。

笑顔こそあるが
感情がそのままにあるかと言うと別だった。



息子である杏寿郎も似ている。

母の死と父からの育児放棄。
優しさや怒りは持っているが、普段の感情は波がなくいつも無理に明るく振る舞うようだった。

いつからかそれが普通になっていたが
そんな所に何かを感じて一緒になったのか
杏寿郎は、あなたを特に大切にしているようだった。






その後も街に出ると
評判の嫁について話されることが続いた。

その中で気になることが2つあった。



まず、

最近、貴族から没落してきた家の次男があなたを気に入ってつけ回しているらしいこと。


もう一つは、

街中を通る川の上流から真珠に似た宝石が取れるようになり、子供たちが集めた宝石が高値で取引されているらしいこと。



宝石は、簡単に見せて貰ったが、
あなたの簪や杏寿郎が身に付けている物と似かよっていた。

杏寿郎からは冰女のことを聞いたが
聞くまで存在を知らなかったし街でも知ってる者は見つからなかった。




つけ回している男については、
外出の送り迎えに千寿郎を同行させたり
必要なら自分が見てやれば大丈夫だと思っていた。


だが、事件は突然起きた。

自分が風呂に入り、
千寿郎が火加減を見てくれていた時。



ーーーーーーガチャン!

ーーーーーーーーーバタ ガタガタ!!




家の中で物音がしたのだ。



「…!千寿郎!
 先にあなたの所へ!」

「はい!父上!」



ーーーーーーダ ダ ダダ!

走りながら
あなたの居る寝室を目指した。

千寿郎が部屋の前で身構えて居たが
中から話し声が聞こえ、男は1人でないことがわかった。


『この屋敷の主人は酒に溺れ
 夜は部屋からでないだろうから大丈夫だ。

 チビが風呂に行ってる今の内に
 この女はおいしく頂くとしよう…!』


そんな会話を部屋の蚊帳の中でしていた。

若干震える千寿郎の肩に手を置き
自分が中に入ったらあなたを助けるよう指示する。



ーーーーーーダンッ!!

襖を弾き飛ばし
乗り込んで蚊帳を切り開いた。


「くせ者が!!!!
 ここを煉獄の屋敷と知っての所業か!!!」



一瞬だったが、男たちを刀で峰打ちにして拘束。

あなたも千寿郎の部屋へと移して
手当てをさせたが震えが止まらず
千寿郎にしがみついて離れなかった。



男たちは役人に引き取られて行ったが
ショックからかあなたの震えが引かず、
思わず『もう大丈夫だ』とあなたと千寿郎を抱き寄せた。

安堵からあなたはポロポロと真珠のような涙を溢した。



この時初めて…

あなたが男に襲われたのが今回だけでないこと、
川に夜な夜な涙を捨てに行っていたことを悟ったのだった。






自分が居ながら…
女を、嫁を自由に襲わせたような環境にしてしまいさすがに嫌悪が湧いた。






悪いことは重なるもので
タイミング悪くも杏寿郎が帰宅したのだ。


「父上!ただいま戻りました!
 …が、これはどういう…?」


あなたが杏寿郎へと飛び込んでいった。



「杏寿郎、すまない。
 俺が不甲斐ないばかりに…」


これまでの経緯を順を追って話だった。
杏寿郎に怒りが差しているのがわかった。

至って平静に話し出す杏寿郎。


「頭を上げてください!父上!
 俺は家を空けて居た身。

 父上が居なければ…
 千寿郎だけでは、よもや共に…
 相手が多勢ではあなたを守れなかったやもしれません!」


「しかし…!
 言葉の話せない静かな女だと
 街ではかなり知れたこと。
 この先を考えてもあなたを1人にすべきではないだろう。

 杏寿郎、やはりお前は鬼殺隊をやめろ!

 いざという時、後悔するのは己だ!」



自分の後悔も重ねて発言してしまった。
それでも杏寿郎は、鬼殺隊をやめる気は無いようだ。



「あの…っ!
 父上も兄上も一度落ち着いてください!

 …姉上がお休みになられました。」


ふと、千寿郎の言葉に目を向けると…
あなたは、杏寿郎の胸に抱かれスヤスヤと寝息をたてていた。


今日はここまでにして、あなたを休ませることになった。





あなたの布団も新しく買いなおさなければならないな。
ぼんやりと、そんな事が頭に過った。





アレは、自分が思うよりも大切な娘かもしれないと。

瑠火が居たら娘について
多くを語り合っていたかもしれない。



そう思うだけで、心に温もりを感じた気がした。

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