第12話

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2020/11/01 16:18
あなたが襲われてから暫くは落ち着かなかった。


だが、街でも
役人から煉獄家奇襲の話が伝わっており
あなたを気に掛けてくれる人が増えた。




また、あなたは仕事を始めた。

よく買い出しで世話になっていた茶屋の女将に勧められ、芸子の世話をする知人がいると言われたようだ。

手習いを見ることもあるようだが
あなたは芸事に達者だった。

三味線や笛
1番は舞を舞う艶やかな表情

いわゆる『艶女』としての素質があるらしい。



芸子も舞妓もただ芸を披露するのでなく
女らしい動き、仕草を学んで座敷に上がる。
その為の所作を教えるらしい。

主に稽古場の女将が指導し、
見本をあなたが見せていくようだ。



芸子たちの本番は夜になるため
あなたも日中のみ、数時間で帰ってくる。

そんな生活を週に4回ほど送っていた。







たまの休み。

お互いに屋敷に居られる時には
2人で過ごすことも増えてきた。




「俺は今まで鬼は全てが悪だと信じてきた。
 が、今回、その竈門少女は、自分の意思を持ち人を襲うことがなかったのだ。
 にわかに信じがたいが紛れもない事実だった。」


昨今の気付きや想いを話す。
あなたの膝枕で庭を眺め、静かに過ごす時間は実に心地好い。


俺はなんとしてもあなたを幸せにしよう。


そう思うと、ついつい。
彼女を求めてしまう回数が増えた。

あんなことがあって怖がらせてしまうかと不安もあったが、あなたは怖がる素振りなく優しく応えてくれた。




あなたを見かけたあの日から
少女だった彼女は、随分大人びて美しくなったと思う。




「なぁ、あなた。
 俺は強さを持って生まれたからには
 弱きものの助けとなり守らなければならない。
 それは俺の責務なのだ。

 いつもお前の側に居られなくて正直、寂しく思うよ。」



瞼が重い。
まどろみの中であなたにだけ、本音を溢した。





『はい。』




声が聞こえたような
遠くで返事をしてくれたような感覚があった。









とても暑い日。

父上が西瓜を貰ったと言い、
みなで縁側に並んで食べようとなった。



千寿郎やあなたは、父上と食事を取ることも時々あると話していたが俺自身は、久しく父上と同席していなかった。

父から話し掛けられ、このように嬉々として西瓜を切って貰うなど母上が生きていた頃以来かもしれない。

相変わらず酒に酔って部屋に篭ることも多いし
今日だって酒を買った帰りに貰った西瓜らしい。




それでも、家族が並んで西瓜を食べられるなど…きっとあなたが紡いでくれた縁なのだろう。





あなたが、茶を用意してくれ隣にソッと座った。




「姉上!姉上もお食べくださいっ!」


ーーーーーーニコリ。

『ありがとう』
一緒に過ごす内に口が読めるようになり、文字がなくとも会話が進むようになった。



ーーーーーープププ ププ

西瓜の種がどこまで飛ぶか競うことになり
俺も父上も千寿郎と張り合って遊んでいた。




その時…



「……ふふっ
 みんな子供みたい」




その場の全員があなたを見た。


聞き間違えでないか
今まで音で声が出たことがなく
本当にあなたの言葉なのか

あなたはあまりに自然に笑った。




「あなた、お前…声が…!」


恐る恐る話し掛けると


「なんででしょう…?
 なぜか突然、声が戻ってきたみたいです。」


と、まだ笑い半分だが
その鈴のような声で返事がきた。


「「あなた!」」
「姉上っ!」


俺も父上も
もちろん千寿郎も

あなたを抱きしめた。



「杏寿郎さまっ!苦しい…!

 私があなたをお慕いし、
 どれ程お名前を呼びたかったことか…!」



ーーーーーーポロポロ

あなたの目から宝石落ちていくのがわかった。



「あなた!ありがとう!!
 君が居てただでさえ嬉しいものが
 名を呼ばれるだけでこんなにも嬉しいとは」


「杏寿郎さま。
 そしてお父様も千寿郎くんも。
 私の助けになってくださり、ありがとうございます。

 幸せ者は私の方です。
 孤独であったあの日、このように家族を持ち毎日、太陽の下で笑える日が来るとは思いませんでした。

 本当にありがとうございます。」




名前が声を取り戻したこの日。

今までも会話はしていたはずなのに
その声が聞きたくて長く長くたくさん話した。


父上が誰よりもこの事を喜んで1番泣いていた。



あなたが来て煉獄家は、少しずつ良い方向に進んでいる。
そう思うと少し安心した。

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