第14話

枯れた涙のその先に
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2020/11/02 14:26
訃報から2日。

杏寿郎の遺体が屋敷に届いた。
慎寿郎は葬儀の用意を進めており、葬式から火葬までなんの滞りもなかった。


葬儀の最中、
慎寿郎とあなたは一切泣くことはなかった。

千寿郎は、わんわんと泣きじゃくった。
大好きな、懐いていた兄が亡くなった。

付き添うあなたの姿に誰もが心を痛めていた。




あなたも信じられない現実や
妻としてやるべきことに追われてしまい

緊張の糸が張っていて
泣いている暇は無いだけだと思っていた。

やがて、納骨となっても
杏寿郎の写真を見ていても

いつになっても涙は出てこなかった。



心に穴が開くとはこう言うことを言うのだろうか…。



悲しいはずなのに、気遣われると笑顔になってしまう。

杏寿郎が笑顔だったように
なぜか、苦しくても辛くても笑顔になってしまう。




杏寿郎は、本当に幸せだっただろうか。
笑顔は本当の笑顔だっただろうか。

記憶に古くない筈なのに
思いだそうとしても不安になってしまう。




「姉上、昼食は食べられそうですか?
 最近、食が細いようですが…食べないと姉上も病にかかってしまいます。ご自愛くださいね。」



最近、体調が優れず、食事も食べる回数が減っていた。
千寿郎はとても心配してくれている。

解っていても食べようとすると気持ち悪い。



このまま病で死に、また杏寿郎に逢えるなら…
それも悪くないかもしれないとあなたは思い詰めていた。






葬儀から2ヶ月が過ぎた頃。

千寿郎が屋敷の前を掃除していると男の子が訪ねてきた。



あなたは、庭先で洗濯物を取り込んでいたが、慎寿郎の怒鳴り声に何事かと駆けつけたのだった。



『煉獄さんを悪く言うな!!』

泣きながら父に頭突きを入れた少年は、
『竈門炭次郎』と名乗った。


杏寿郎が亡くなったその日。
共に無限列車の鬼狩りの任務についていたらしい。


遺品などは既に隠の人が持ってきて居たが、
炭次郎は、家族への遺言を預かってきたと言った。




千寿郎と共に客間でたくさん話を聞いた。
その中には、確かに遺言があった。


『お父様には、
 身体を大切にして欲しい。と。

 千寿郎くんには、
 自分の心のままに正しいと思う道を進んで欲しい。と。

 あなたさんには、
 君を愛している。
 俺ばかり幸せだった。
 少し先に行くが君を見守っている。
 またどこかで夫婦になろう。と。』



その言葉を聞いた時…

忘れていた感情が込み上げてきて涙が止まらなくなった。



ーーーーーーポトポト

あなたから溢れ落ちる『涙』に炭次郎は戸惑っていたと思う。

それでも自分では止められない。
拭いても押さえても次々に出てきてしまう。




たくさん泣いた。
幸せの前に枯れてしまったと思っていた涙が溜まっていたかのようにただただ溢れた。

呼吸を落ち着けながら炭次郎に礼を言った。


「炭次郎くん、ありがとう…!
 私も自分ばかり幸せだったんじゃないか…すっごく心配だった。

 けど、大丈夫そう。
 少しずつ前に進めそう。」


ーーーーーーニコリ。
泣き笑いした変な顔だったと思う。








あの日、炭次郎が伝えた言葉は、あなたの活力になった。

想い合っていたこと。
感じた幸せは本当の幸せだったこと。
夫は、未来で私を待っていてくれる。

言葉の力のような励ましに心が軽くなった。






体調が悪かったことも見直して町医者に行くとあなたの妊娠が発覚した。


わかってすぐ。
慎寿郎や千寿郎にも報告し、この先も煉獄家の嫁で居たいことを伝えたところ、2人とも受け入れてくれ、出産に向けた用意を進めてくれた。




出産の経験はあったが育児はしたことがない。

杏寿郎と共に育てることができない不安は、父と弟に支えられてすぐに消えていった。




月日が経つにつれて、
赤子は1人でないことが解った。

腹の大きさもあるが、2人か3人じゃないかと。



長男・杏寿郎の残した物の大きさを家族三人で驚きながらも楽しみに待った。






赤子ができてから、慎寿郎も酒を無理に飲むことがなくなり、鬼殺隊の仕事にも復帰した。

時々、若い隊士に自宅で稽古を付けるが
お腹の赤子へ話し掛けている姿とはとてつもなくかけ離れて凛々しくあった。





赤子が産まれるまであっという間で
いよいよお産の日がやってきた。







ーーひとり。

ーーーふたり。






ーーーーさんにん。






産婆のお陰で順調に子供が産まれた。

が、お産の後処理になろうとした時。





「うぅーーーーーー!っん!!!
 なんか、まだ、くるしくて…!いたい!!」


「まだ胎盤が出るまでひと踏ん張りさ!
 母親になったんだ。がんばるんだよ!!」



うーーーーん!!



あなたのうめき声は続いていた。

そして



ーーーーードゥルン

ーーーーーーオギャア オギャア





『えっ?』

あなたは、予期しなかった4人目の我が子を産んだ。




多くて3人だろうと思っていたあなたと煉獄家の面々。


肌着はともかく、
おくるみなど3人分までしか用意がなかった。




産婆が急いで家人へ手拭いや追加のお湯を指示する。




意識も絶え絶えだったが
産み落とした我が子を見つめ、小さな命の誕生に涙が落ちた。



2人は男の子で
もう2人は女の子だった。


みな、煉獄家特有の炎色の髪に橙の瞳をしていたが
1人だけ、黒髪に橙の瞳だった。


あなたは、色素が薄く、黒髪ではなかったが、慎寿郎がその子を見て『瑠火…!』と叫んだ。

1度にこんなに産まれると思っていなかったが
何より、杏寿郎は、しっかりと自分の遺伝子を後世へ残してくれたようだった。














月日は早いもので産まれて間もないつもりが早くもさらに5年の歳月が流れていた。



長男は、
杏寿郎のように真っ直ぐ強く元気に。
慎寿郎にべったりで剣術を教えて貰っていた。
常に兄として兄妹の支えになろうと胸を張っていた。

次男は、
同じく元気だがとにかくヤンチャなイタズラ好きになってしまい…日々、障子の張り替えや洗濯が終わらない。

長女は、
髪色こそ炎色だが癖がなくストンと真っ直ぐ綺麗な髪をしていた。
基本的には女の子らしいことが好きだが、兄にすぐ泣かされてしまい、1番気が弱かった。

次女は、
亡き祖母、瑠火の生き写しと言われるくらい黒髪と大きく切れ長な橙の瞳が印象的な女の子だった。
女の子らしい遊びに関心が強いが正義感が誰よりも強く兄妹喧嘩では負け知らずだった。







それぞれ子が大きくなるにつれて、
あなたは、新しい幸せに包まれていった。



もともと、見た目より年齢が上だったあなた。

子育ても懸命にこなしてきたが
さすが、4人ともなると過酷で身体が辛かった。


何が、と言いきれることではないが
恐らく子供達が大人になるまでは生きられないだろうと…なんとなく解っていた。





それでも、杏寿郎が残してくれた子供達が家族を繋ぎ、塞ぎ込んでいた慎寿郎までも爺馬鹿にしてしまったのだ。

今の煉獄家には笑顔が絶えなかった。






この先にどんなことがあっても
温かい家族に囲まれて子供の成長を喜べること。





たとえ命が尽きようとも
先の未来に杏寿郎が待っていること。







あなたは杏寿郎がくれた幸せに

ただただ感謝しかなかった。






この先、どこかに貴方がいて

きっと、私を見つけてくれる。


また夫婦になりましょうね。







空を見上げて心に誓い

あなたは、ゆっくり瞼を閉じた。








END

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