「白野さん?」
坂川先生が呼んで、やっと我に返った。
だめだ、最近考えることが多すぎる。
坂川先生は笑いかけてくれる。坂川先生は私の何でもない。ただの先生。
だけど…なんだろう…この期待らしき笑顔に応えたいと思う。
「私、文化祭で男女逆喫茶することになったんです!」
「ほぅ。それは楽しそうですね。!」
「それで…私男装しなきゃなので…こう…お願いが…」
「私に…ですか?」
「その白衣を…文化祭当日だけ、貸していただけませんか…?」
坂川先生は「いいですよ」と笑ってくれた。
先生は保健室の奥の部屋へ行った。少し進んだところで手招きをしている。
来い、ということ…?
そこに行くと色んなものが置いてあった。予備のガーゼやマスク、体温計なんかも。
その一角にダンボールが置いてあって、坂川先生はそのダンボールを開けた。
「きっと…、私の白衣じゃサイズが大きいだろうと思いまして。」
と言いながら坂川先生はバサッと大きな音を立てて白衣を脱ぎ、私に袖を通させた。
案の定大きさというのはとんでもなかった。
でも…いい匂いがした…。
「んー、3つくらい小さいサイズでどうでしょう」
といいながらダンボールの袋に入った白衣を手に取る。そして、開ける。
坂川先生は手を私の後ろに回し、右手から丁寧に袖を通させる。
白衣を持っている手が大人で。
白衣を着せてくれるその仕草が大人の余裕みたいな所があって。
目線が、大人で。
その声、その手、その仕草は男の人そのもの。
いやにかっこよかった。
私、今すごく緊張してる。何に緊張しているのか分からないけど緊張している。ドキドキとかいうかわいいレベルじゃなく。
「サイズはいい感じですね…って…白野さん?どうかしました?」
「あっ!いえいえ!大丈夫です!」
「そうですか、?」
そのくせ私を心配して覗かせるその顔は少し上目遣い。大人でかっこいい顔をしているのに…ずるい…。
気がつけば体温の全てが頭や顔に集まっていくような感覚に襲われていた。
「あ!白衣!ありがとうございます!」
「いいえ、最後の文化祭楽しんでくださいね。」
「もちろんですよ!一応前日にメイクとか練習するので…前日には取りに来ていいですか?」
「はい、いつでもお待ちしています。」
そう言って私は保健室を出ていった。
だからと言って緊張がほぐれたわけでもない。
顔に熱は集まったまんまだ。
理由もなく一粒の涙が頬を伝った。
それでも私は笑顔だ。
最近は坂川先生の所に行くのが楽しいと思うようになった。初めはあんなに緊張していたのに。同じ緊張でも何かが違う。
小さな幸せを見つけた。
繋いだのは
白衣。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!