「あっ、あのっ、先生…?」
その格好は変わらない。
未だに私は先生の腕の中。
ただ、数々の生徒の声が溢れ始めていた。
「他のみんなも…来た…みたいです…。」
「そうみたいですね。」
先生もやっと気づいたらしく、ゆっくりと腕を下ろした。それと同時に私も躊躇いながらも腕を下ろした。
「顔、メイクしなくても真っ赤ですよ」
「そういう先生だって真っ赤です…」
先生は手を自分の頬に当てて「そういうのは見てはいけませんよ」と笑っていた。そして隣に置いた白衣を持った。
前に試着した時のように、優しく着せてくれた。
ただ、前と違ったのは、先生の手が明らかに震えていたこと。潤んだ、美しい目をしながら白衣を私に着せてくれていること。
保健室から出る、最後の最後まで優しかった。
「では先生、ちゃんと私のクラスの出店にも来てくださいね!」
「もちろんです。盛大に楽しんで来てください。」
と、笑顔の先生を見て保健室を後にした。
廊下を歩いていると、たくさんの生徒とすれ違った。もちろん顔見知りも。蓮理の姿もあったし、それに声までかけられた。
それによく気がついたものだ。
白衣を来ていて、まるで違う髪型をしているのに。
「なにそんなに顔赤くしてんの?」
と。
「別に、、、。」
「なんかあった顔してるな?」
「し、してない!し…!」
「嘘下手なのは、相変わらずなんだな。」
「うるっさいなぁ…」
「てか、どしたの、その髪と白衣は。」
「あ、あーこれは…文化祭の出し物で…」
「似合わねぇの。」
「坂川先生にセットしてもらったんですー!」
「あいつに?ふーん…こういう趣味をもってるとはなぁ」
蓮理は少し煽るように言うと、私の髪…いや、ウィッグを触った。
「髪セットしてもらったのと、この白衣借りた…、それだけ?」
「それだけ…って?」
「いや、なんでもない。ほら!」
と言って蓮理が私に渡したものは折り畳まれた大学ノートの紙一枚だった。
見えている限りは何も書いていない、そんな普通の紙だった。
けど、パラッと開けてみると、割に乱雑な字で『10時20分に俺の店な』と書いていた。
「分かったけどこれいつ書いたの…」
「朝家を出る20秒前」
「んまぁそんなこったろうと思ったわ」
私は貰った紙を白衣のポケットにしまった。
そして「んじゃ、」と言って、蓮理の元を離れた。
白衣を整えて、肩をくすめて微笑んだ。
その理由はなんだろう。
今の今は蓮理と話してはいた。
けれどふと頭を過ぎるのは──
教室の扉を開けると、みんなの性別が分からないほど、見た目が違った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!