昇降口から出ると、一気に騒がしくなった。
陸上部の準備体操の掛け声、卓球部のピン球を打つ音、バスケ部のドリブルの音。
部活の音だけじゃない。
喋り声や笑い声も聞こえれば、鳥の鳴き声や電車のすぎる音までも聞こえる。
ありふれてるなぁ。と思う。
そう言えば、今日は好きな歌手の人が新曲を出すんだそう。
昇降口の窓にもたれ、カバンの底にあったイヤホンを取り出してスマホに繋ぐ。
そして音楽アプリを開けて新曲ランキングを見る。やっぱり上位にあった。
珍しくラブソングを出したようだ。
再生…。
前奏から悟った。
───神曲!!
流れるようなメロディーに、届けたいのに届かない、そんなことを物語る歌詞、関係である遠近を表しているであろう強弱、そしてサビにかかる綺麗なクレッシェンドが私の心を揺さぶった。
今までにない感覚だった。
ずっとリピートしていたい…。
私はスマホをポケットに入れ、イヤホンは耳にさしたままで歩き出した。
すごく楽しい。今この時間が。
って思っていたら視線を感じた。
視線の元となる方向を向くと、目が合った人が目を逸らした。
なんだ、蓮理か。
周りに人はいない。蓮理一人だった。
「なにしてんの?」
右耳のイヤホンを外して、声をかけてみた。
あまりにもおかしな視線が気になったものだから。
「いやっ、休憩中…。」
「明らかにサッカー部の声がグラウンドから聞こえるんだけど。」
下手くそな言い訳を並べる蓮理。
体操服には苗字である「清宮」と書いてあった。
その名前の刺繍もほつれていた。
幼馴染で家も近いから縫い直すことも出来なくはないんだけど。
と考えていたら驚きの言葉が飛んできた。
「もう部活…やめるから…。」
「は、。」
あんなにサッカーが好きだった蓮理の口から「やめる」なんて。
思わず左耳のイヤホンも外した。
「本気で言ってんの?」
「ほんと。」
私にどうしろって言える事じゃないのはわかってる。
何があったかはあえて聞かないよ。
自分で決めたならそうする他ないでしょ?
「そっか。」
「理由、聞かないでくれるんだ。」
「別に…。言いたくなったら言いに来るでしょ、蓮理だし。」
「やっぱり分かってんな。」
「当たり前でしょ?」
そんなの。
腕に残ってる爪痕と、傷と、泣いた跡を見れば分かるって。
理由なんて、聞かなくってもわかるし。
だからこそあえて聞かなかったんだよ。
蓮理の傷をえぐるなんて、怖くて出来っこないよ。
「じゃ、行くね?」
去ろうとした時、手首を掴まれた。
強かった。
「!?」
「なんか…ありがと。」
「うん、」
もう、言葉出ない。
まだ言いたいことはあったんだ、とわかったけど、蓮理が「ありがと」で言葉を閉めたということはそれ以上は聞くなってことなんだろう。
何も。聞かない。
帰ってLINEするか。
いや、多分LINE来る。
こういう時大体来る。
そして呼ばれる。
その時のために、なんか買って帰るかな。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。