光が帰ってきたのは夜の23時。
リビングのソファで居眠りしていた私の身体をそっと揺らして起こしてくれた。
光は、私の側に畳んであった膝掛け用の毛布を背中へと掛けてくれた。
イチゴ柄の可愛らしいピンクの毛布。
これは私が、夜中に帰宅してそのままソファで寝入ってもいいようにと置いていたものだった。
珍しく彼が私に対して優しい事に思わず驚いてしまった。怪しいとさえ思える彼の行動に、私は少しばかり心当たりがあった。
光は、首の後ろを掻きながら「あはは……」と苦笑いをした。ああ、やっぱり嘘か。すぐに分かった。
10年も一緒にいれば、相手の嘘くらい簡単に見抜けてしまう。人は必ず嘘をつくく時には何かしらの“仕草”を見せるから。
光の場合、嘘をついたり隠し事がある時はいつも首の後ろを掻く癖があった。いつだってそう。だから嫌でもすぐに嘘が分かってしまう。
どうせ嘘を付くなら、もっとバレないようについてほしい。そう思う私はわがままでしょうか?
「本当は何をしてたの?」
……なんて、そんな事聞けるわけない。
私にだって予想はつく。どうせ、どこの誰かと浮気でもしているんでしょう?
光の白くヨレたシャツがそれを物語っている。襟元に付いたルージュ、貴方気づいてないの?
きっとそれは、貴方の“オンナ”の甘い悪戯ね。私と光を離婚させたいのか、単純に遊んでいるだけなのか。
……別にどっちでも構わないけど、私はそんな罠には引っかからない。
立ち上がり、部屋へ戻ろうとした私を光の手が引き止めた。何?と振り返ると、光は私の腕を引っ張り身体を引き寄せた。
何を言うかと思えばそんな事。
どうせ私を浮気の疑念から遠ざけようとしているだけでしょ?ふざけないで。
私の身体を締め付ける彼の腕を解こうにも、男の力にただの主婦が適うはずもなかった。
あっという間に押し倒された私の頬を、彼の大きな手がそっと撫で下ろした。
どうせ他の女の子とシてきた癖に。
光から嗅いだことのない甘ったるいバニラのの香りがふんわりと私の鼻を刺激した。
ああやだ。とても吐き気がする。
とはいえあまり拒否をしてしまったらそれはそれで怪しく思われそうだ。
はぁ、と深いため息を一つ零した私は「少しだけね」と肩を竦めた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。