今年で30になる私、八乙女あなた。
20歳の時に今の旦那である八乙女光と結婚して、もう10年以上も一緒にいることになる。
光は時に思春期真っ盛りの男の子のようにボソリと私への愚痴をこぼす。
その度に私の胸の内に貴方への不満が山のように溜まっていく事も知らずに。
全く気にしていないような素振りを見せながら私は彼の好きな甘い卵焼きを焼く。
私の言葉など彼の耳には一切入っていないよう。遮るどころかせっかく私が作った朝食さえも食べずに会社へ出勤しようとしているのだから。
食べる時間が足りないのならもっと早く起きてくれてもいいのに。いくら私が起こしても全く起きないんだから。
煮え上がる彼への不平不満を喉元でなんとか溜めながら、素っ気なく返答をし、不機嫌なのをさり気なくアピール。
なぜ出勤もしていないのに今日が残業だって分かるのよ。明らかに怪しすぎるじゃない。
……しかも私のアピールには全く気づかないし。
わかりやすい。
隠し事が苦手なのが彼の長所でもあり、時に一番の短所でもある。
どうせまた浮気相手の若い女の子と寝て朝帰りなんでしょう?
全く……これだからああ言う男は。
なんて、そんな男を選んでしまった私にも責任は十分にあるわけで。
食卓に並べられた皿の上には、光と一緒に食べるはずだった卵焼き。そして、鍋には豆腐とワカメの味噌汁。
………こんなの、1人じゃ食べきれないわ。
渋々皿にラップをかけて冷蔵庫へ片付けると、スーパーへ向かうため身支度を整え家を空けた。
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埼玉県の大宮市のとある静かな住宅街。
そこの3丁目に私の自宅はある。結婚してから光の両親が建ててくれた。
今日はなんだか街が騒がしい。何かあったのかしら?
おばさん達の話によると、どうやら近所の後藤さん家に強盗が入ったらしい。
困ったわ。犯人はまだ捕まっていないというじゃない。私の家も気をつけなきゃ。
踵を返して自宅へ戻ろうと顔を上げたその時だった―――。
私の目の前に立っていたのは、高校生の時同級生で元恋人だった伊野尾慧だった――――。
そんな何気ない再会が、私達の出会い。
言ってみればそれは、神様の悪戯……だったのかもしれない。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。