まだ東京スカイツリーの建設計画すら発表されていなかった寒い冬の日。
東京のディズニーランドに行きたいと前々から言っていた私のために光は千葉へと連れてきてくれた。
その夜、東京タワーの展望台フロアにて突然私に跪いた光は、大好きな青色のチェックシャツから指輪の入った箱を取り出し、私へと見せた。
そう言ってくれたあの時の光は、一体どこへと消えてしまったのだろう。
今、私の身体で満たされなかった欲を吐き出そうとする貴方は一体――………
私の頭に思い浮かぶのは、光ではなく慧くんの優しいあの笑顔だった。
違う……今私を“アイ”しているのは慧くんじゃなくて、光なのに。
気付かれないようにそっと頭を横に振って、彼の顔を振り払おうとするが、何度試しても私の頭に浮かんでくるのはやはり慧くんだった。
光が優しく私の頭を撫でる。
これが慧くんだったら……と妄想してしまう私はなんて罪深い女なんだろう。
一度彼の妄想を始めてしまったら、もう考える事はそればかり。
昼間感じた彼の腰遣いをふと思い出し、私の子宮は彼を惜しむようにキュッと縮こまるのが分かった。
夫とのセックス中に、別の………しかも昔付き合っていた男の事を思い出し涙する、なんて私ったら本当にクズな女。
でも……きっと貴方もまた、私ではなく貴方の“オンナ”を想い腰を振っているのよね。
なんて考え巡らせていた私は、次第に尋常ではないくらいに自分が惨めに思えてしまい、彼から香ってきたバニラのように甘ったるい声を漏らしながら涙を一つ零した。
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隣で眠る光を横目に、私は深いため息をついた。
今すぐじゃなくてもいい、慧くんに会いたい。会って、私をギュッと強く抱きしめて欲しい。壊れるくらいに強く。
私ったらどこまで罪深いのだろう。
光がいるというのにそんな事望んでしまうなんて。
きっと、光の着ていたシャツの襟元に付いていた“印”だって、光から香ってきた香りだって、光の“ウソ”だって――。
そう、全部夢よ。
私……きっと、悪い夢を見ていたんだわ。
………にしても、慧くんの印……コンシーラーで隠しておいてよかったわ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。