第9話

「傷」①
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2021/02/12 13:00
「………ごめん、もう別れよう」
俺はソファーに座り、携帯を触っている
彼女に別れを切り出す。
もう…嫌になってきたんだ、最近一緒にいる時も楽しく無くなってきた…。
「…………」
彼女はスマホから目を離し、俺をしばらく見つめて、絶句したまま動かない。
そんなに…ショックか?
君だって……俺と話してて楽しそうにしてなかったじゃないか…。
それが別れようと思ったきっかけだった。
なのにどうしてそんなに驚いているんだ…?
「……そっか……君は…そう思ったんだね」
「うん…ごめん……」
「なんで君が謝るのさ……そうだね、うん。
いいよ、別れ…よっか」
重苦しそうに、俯きながら…肩を震わせながら言葉を絞り出してくれる。
きみは…別れたくないのかな?
思わず、その肩を抱き締めたく……慰めてあげたくなる。
でも、でも…この想いはすぐに変えちゃいけない気がするんだ。
「じゃあ、俺は今から支度してこの家を出るから。ここは好きに使って」
なるべく彼女を傷つけてないように優しくいうように心がけながら話しかける。
「うん、別に私はいいよ。
君がそれでいいなら私はそれに従うだけ。
……だけど最後に一つだけお願い聞いて?」
最後くらいなら…彼女の願いを聞きたいと、
俺も思っていたからちょうどいいかもしれない。
「うん。いいよ」
それなりの覚悟をして、彼女の話を聞く。
「じゃあ……夜景を一緒に観にいこ?
バイクの後ろに私を乗せて、初めて行った時みたいに。
私の最後の願いは………それだけ」
ーーー*ーーー
『ブルルル』
と、エンジン音が暗い坂道に響いている。
俺たちの間に会話はない。あるのはエンジン音と、木々が揺れる音だけだ。
「ねぇ、私の話。聞いてくれる?」
俺の後ろから彼女の声が微かに聞こえてきた。
「うん、いいよ」
「……私ね、君が大好きなの」
「…うん」
「でも、想いを聞かせたら…君は私を嫌ってしまう。………多分、それくらい大好き」
バイクの音に掻き消されそうになる声を、
俺は必死に拾って頷く。
「本当はね…ずっと一緒にいたかった」
「うん……俺もそれは考えてたさ。
けど、君が俺に興味を無くしていたから…。
俺と話しても一言二言しか返してくれない、
よくスマホを触ってなにもしない、
バイトも多くて…話す暇さえも……最近はないじゃないか」
「…………」
彼女の間がすごく怖い。
なにを考えているのか想像できず、俺が無意識に傷つけてしまっている気がして。
「私と…別れない…って選択肢はないの?」
さっきの質問には答えてくれないのか。
そういうところが……俺は嫌なんだ。
「ない……絶対に。」
しっかりと言い切り彼女に気持ちを伝える。
「……………」
だが
坂道を上がっていってやっと展望台のある場所付近に到着するという頃。
「…もし、私が………として…そうしたら…
そうすれば、一生君のそばにいれるかな?」
風がさっきより強まったせいで、さっきまで聞こえていた彼女の声がなかなか聞き取れない。
でも、彼女は…友達としてやり直したいのだろう。そんな風に聞こえる。
「…うん、そうだな………友達とし……」
『ドシャリ』
と、俺の会話を遮るような鈍い音。
俺を掴んでいた彼女の手がなくなっている感覚。
まさか…と思い振り返る。
最悪の予想通りに彼女がいない。
さっきの音はなんだ、何故彼女がいない…?
多くの疑問が頭を駆け巡る。
けれど答えは一つだろう。
体が強ばり、無意識にバイクを止めて坂を走って下る。
息も忘れてしまうほど必死になって走る。
この少し急な坂から転げ落ちれば、もう命なんて……さらにバイクから落ちたんだ。
絶対に…有えないはずなのに、なのに俺は、
まだ彼女は息があって、苦しんでいるのかも知れない。
なんて考えて。
もしかしたら、俺の言葉で彼女を死なせてしまってたのでは……。
なんて、不安に駆られて…。
喉から血が出るまで走り続けた。
その末に見つけた彼女は無惨な姿だった。
けれど、俺は彼女が浮かべていた美しい笑みは、俺の頭から一生離れることがなかった。
ーーー*ーーー
「なぁなぁー!俺彼女欲しいって言ってたじゃん?」
仕事の同僚が俺の目を覗きながら言う。
「うん、何千回も聞いたよ。それがどうした?」
「いやぁ、実はさ!!」
よくぞ聞いてくれましたと言いたげな自慢するような顔つきで続ける。
「俺、合コンを取り付けたんだよ!!
だからさぁ、お前も行かねぇ?
俺の引き立てや……ゲフンゲフン。
俺の親愛なる友人だから……な!!」
何か失礼な言葉が聞こえた気がするが……。
まぁいいか。
「俺はいかねぇよ」
「えぇっ!だってお前も彼女いないだろ?
だから別に付き合ってくれたっていいじゃないか!?」
「すまんすまん。彼女は今いないけど、
俺の中にいるから。って事で俺先帰るわ」
ぽかんとしている同僚をおいて、ささっと帰る支度をし、仕事場を出る。
そう。俺には彼女はいない。
けど…………彼女はいる。
俺の心の深い深い傷として…今も共にいる。
その深い傷は俺をどんどん蝕んでいって、
全て囚われそうになる。
それを恐れると共に、何処か高揚しているのは俺の心の中にいる彼女のせいだ。



続く

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