第6話

「英語が繋ぐ物語」⑤
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2021/01/14 13:38
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「この後少女は後悔や絶望を胸に、みんなに人気者の明るく、英語が上手な立派な生徒になりましたとさめでたしめでたし。
さて、昔話はこれでおしまい」
先輩を見つめているはずなのに、視界がぼやけて先輩の顔を見ることができない。
「こらこら、泣くんじゃないよ…!
私が泣かせたみたいじゃないか」
優しくもどこか悲しげな先輩の声。
「ねぇ君はこんな先輩でも尊敬できるって…
言えるの?」
「っ………」
なにを返せばいいのだろうか。どんな言葉を掛ければいいのだろうか。
わからない………。
「ごめんねこんな話して。
今日の英会話はこれでおしまい。またね」
くるりと、俺から目を逸らしドアへと向かいこの教室から出ていってしまう。
俺は先輩に声をかけることすらできず、
その場に立ち尽くしていた。
まだ気まずい雰囲気が屋上内で漂っている。
おかしいな…先輩はいないから気まずくないはずなのに。
この沈黙が…。1人でいる状態に言葉では言い表すことができない違和感を覚える。
『ガチャリ』
「ちっ、やっぱりかよめんどくせぇー」
「……」
成瀬先輩?どうしてこんなところに…。
「…なぁその涙流しながら無言になるのやめろよ、お前らしくないしめんどくせぇから」
お前らしくないってすごく嬉しい言葉だけど多分成瀬先輩のことだから、めんどくさいから早く泣きやめってことだよなぁ……。
「ちょっ、ちょっとまっててください…。
うっ…まく声が……出なくって」
ふーん…と小声に出しながら俺のことをじっと見つめる成瀬先輩。
「どうせあいつの昔話聞かされたんだろ」
「えっ…なんで知って……」
「ん?なんでってそりゃあ、俺も聞いたこと…つか、聞かされたことあるから」
成瀬先輩も…聞かされたんだ……。
「どうして聞かされたんですか?
俺みたいに急に…とか?」
成瀬先輩は少し苦い顔をして空を見上げる。
「うん…まぁ……。言ってもいい…か。
俺、千聖に告白したことあるから」
告白……こくはく…?
えっ…告白ってあの有名な……?
「おい、なんでそんな驚いた顔してんだ。
俺だって恋だってするぞ…?」
「いやいや、知ってますけど……」
やっぱり…成瀬先輩と千聖先輩は……。
「あ、俺フラれたから」
「はい?!」
思わず変な声が出る。
えっ…どうして…!?見た目もお互いの信頼だって、最高なお二人なのに。
あの2人の間には誰も入ることのできない空間があるように見えるのに…。
「……そんじゃ俺のかわいーかわいー、
後輩君が納得いってなさそうなんで少しだけ話してやろう。特別だぞ?特別」
『かわいい』と棒読みに言ったことに関しては突っ込みたくはなったが、我慢だな…
どうしても聞きたい。
「お願いしても…いいでしょうか?」
「告白した経緯はまぁ……想像してみろ、
そこまで説明すんのはめんどくさいからな」
めんどくさいって……。
先輩が話してくれるって言ったのに…?
大雑把というかなんというか…。
「まぁ、さっきも言った通りお前と同じよーな話をされて、それでもいいのって聞かれたんだよ。
俺、千聖のそんな話始めて聞いたし正直言って怖かったさ。俺が何も返答できずにいると諦めたようにすごく悲しい顔して出て行ったんだ」
自分のことを悔やむように唇を噛む先輩。
そんなことがあったなんて……。
俺は何も知らなかった……。
千聖先輩の過去も、成瀬先輩との関係も。
そのことが悔しくてたまらない。
「あの時、好きな奴に……そもそも親友に
対して何も声かけてやらなかった俺はバカなやつだよ。腹たってくるだろ?」
唇から血を流してしまいそうになるくらい
悔しい顔をする先輩。
成瀬先輩は本当に後悔して…悩んで…今でも引きずっているのか……?
「まっ、もうなんとも思ってないけどな」
完全に無理して笑っているような…。
成瀬先輩はいつも、絶対…千聖先輩のことを考えて行動をしているのだと思う。
「お前がいる」
「………え?」
少し俯き唐突に静かに告げる。
「千聖の支えになるお前がいるから俺はなんとも思わない」
俺が…………音川先輩の支えに?
「ど、どういうことなんですか…俺なんて」
成瀬先輩が後ろのドアを見る。
まるで俺の視線を促しているかのように俺の方を一度見てから。
きっと、見てみろよ……と言っているのだろう。
俺はそう思うことにして扉の方へ目を向ける。
するとパタパタと急いで遠ざかる足音が聞こえて来る。
「ほら、あいつ今までお前のこと待ってたんだぞ。行ってこいよ」
いまだかつてなく優しく微笑む成瀬先輩のおかげで迷いが吹っ切れた。
「ありがとうございます!!成瀬先輩!
また明日!!」
『ガチャン!』
「あーあ…可愛い後輩に負けちったな」




⑥へ続く

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