第10話

第9話
94
2018/08/24 01:33
翔野 英介
雲には、近くて遠いものとかある?
近くて遠いもの……。うーん、人間かな?
雲はずっと遠くを寂しそうに見つめながらそう言った。彼女は人間に憧れてやってきたのだ。そりゃそうだろう。
翔野 英介
そっか……。
なんでそんな事聞くの?
翔野 英介
ああ、いや。その、文化祭で写真部は毎年展示会してるんだけど、今年のテーマが『近くて遠いもの』で。

けれど、僕、何も思い浮かばなくて……。
大丈夫、そのうち気付くよ。焦らずに。

……ふとした時に近くて遠い存在に気付いたりするしね。
少しの沈黙。けれど、この静けさも彼女となら苦しくないし、何か喋らないとなんて思わなかった。

ふと見上げて見れば台風が近づいて来ているとかで、空は雲が多く、どんよりしている。
翔野 英介
雲。空の水達は雨になって地面に落ちたら、どうなるんだ?
えっとね、植物たちの役に立ったり、川の水になって海に出たり、蒸発してまた空に戻ったりいろいろ冒険するんだよ。まだそんなに旅したことないけれど面白いよ!私はこの国しか旅したことないけれど、知り合いは色んな国に行ったりしてるの。私もいつか行ってみたいなぁ。
寂しそうな表情が消え、少し頬を染めて話す彼女は、きらきら輝いて見えた。そんな彼女に僕はまたドキッとしてしまう。
翔野 英介
へえ……水ってすごいなあ。僕達生き物が生きていけるのもお前達水がいるからだもんな。ありがとう。
いえいえ。どういたしまして。
そっと、彼女の頭を撫でてみた。柔らかくて見た目のようにふわふわだった。

彼女は撫でられるの初めてと言ってくすぐったそうに笑った。

そんな中、ぽつぽつと雨が降り始めた。屋根のある駐輪場までとりあえず避難した。家を出る前、自転車のかごに放りこんできた、玄関に放ってあった黒の折りたたみ傘を広げて雲に渡す。
翔野 英介
はい、雲。これ使って。
ううん、良いよ。英介くん使わないと風邪になっちゃう。私は濡れても水だから平気だもん。だから英介くんが使って。
翔野 英介
雲が、使って。今日も人間界楽しむんだろ。服濡れてたらごわごわして気持ち悪いだろ。僕は自転車乗って帰るし大丈夫だから。

……じゃあな!
そのまま僕は自転車で急いで帰った。


































雲は、何故かギュッと苦しくなった胸を抑えながら、遠くなっていく彼の背中に叫んだ。
ありがとう!
ちゃんと聞こえていると良いな。

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