第8話

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2020/02/11 10:01
無惨side
今日、私は死にかけた。
耳に花札の飾りを付けた日の呼吸を使う剣士。
名を縁壱と言った。
縁壱なる者からギリギリ逃げ切った。
もう追いついて来ないだろ。
あれだけ死にかけたのに、出血はとまり、何事もなかったようにピンピンしている。
兄上が、私を庇った。
兄上が、私の代わりに死のうとしている。
兄上が、私の手の届かない所に行こうとしている。
兄上が、兄上が、兄上が、
無惨「あに…うえ…?」
私の前に横たわる兄の姿。
血みどろで、虫の息。








有惨side
無惨が死ぬ。
脳がそう判断した。
反射的に俺は無惨をかばった。
有惨「血気術    黄泉」
この血気術は自分の死と引き換えに対象の人物を死なせない血気術。
俺のとっておきの技。
その瞬間、俺は身体中に激痛が走った。
有惨「うっ…」
ドサッ
その場に倒れる。
無惨「あに…うえ…?」
俺の、可愛い可愛い弟。
可愛い弟よ、そんな悲しげな顔すんなよ
どこか痛むか?苦しいか?
有惨「む、ざん…無事…か…?」
上手く酸素を吸えない。
救急車…呼ばなきゃ…
あ、ここケータイねぇじゃん…詰んだ
無惨「なんで、なんでこんな時まで、私の事を構うのですか…なんで私を庇ったのですか…なんで私を置いていこうとなさるのですか…なんで…なんでなんで」
無惨の頬を涙が伝う。
鬼の目にも涙ってこのことかよ
有惨「ごめん…な、一緒に…居てやれなくて」
俺の頬にも涙が伝う
震える手で無惨の頭に手を置く。
無惨「しな、ないで…死なないでください」
有惨「ごめ…ん…」
無惨「なんで、謝るんですか?私が…悪いのに…」
有惨「お前は…悪く…ない。おれは…兄貴だか…ら、当然…なんだ…。だから…」
あぁ、息が苦しい。
言葉を発するのがおっくうになってきた。
今すぐ瞼を閉じたい。
でも、最後の一言だけは…
肺の中の全ての空気をコトバに乗せる。
































有惨「前を向いて、歩いていけ」























無惨side
有惨「前を向いて、歩いていけ」
ハッキリそういった。
でも、それから兄上が動くことは無かった。
とても安らかに、うっすら笑みを浮かべて死んでいった。
泣いた。
まるで子供のように、声を上げて泣いた。
ちょっと変人で、阿呆だったけど、優しくて、強くて、頼りになる、自慢の兄上。
その兄上はもう居ない。
太陽を克服したら一緒に藤棚を見に行こうって、約束したのに。
2人でずっとずっと、歩いていこうって、約束したのに。
うそつき。
兄上の身体がホロホロと崩れていく。





















無惨「ありがとう…兄上…。」
鬼の首魁が発した最初で最後の心からのコトバだった

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