質入れに控え書なんて貰っていない。
戸惑う私を見て、中年の男性は怪訝な表情をした。
中年の男性はカウンターの引き出しから複写式の紙の束を取り出す。サンプルを見せてもらうと、氏名や住所、質入れ日や借入金などを事細かに記載する欄があった。
困惑気味に中年の男性は私を見る。私は信じられない思いで男性を見返した。
脳裏を過ぎったのは、いやな想像。
そもそも、お金を貸してくれるのに何も控えがないなんておかしいと思ったのだ。
もしかしたら、あの万年筆には物凄い価値──一〇万円くらいはしたのかもしれない。それを五万円で騙し取れるなら、儲けものだ。
サーっと血の気が引くのを感じた。
あのイケメン、澄ました優しい顔をしていながら、とんだ悪党だ。質入れと見せかけて僅かばかりのお金を渡し、商品までちゃっかりと手に入れるなんて。
親切そうな態度を見せておきながら、心の中でバカな奴だと笑っていたのかな。
鼻の奥がツーンと痛むのを感じた。
急に涙ぐんだ私を見て、目の前の男性は困った様子だ。
そこまで話し、私はハッとした。
名前! 名前を書いたメモが財布に入れっぱなしのはず。
慌てて鞄を漁り、財布を探す。
ポイントカードの間に紛れた二つ折りにしたメモは、この二ヶ月で端がボロボロになっていた。丁寧に開くと、中年の男性はカウンター越しにそのメモを覗き込む。
そのときだ。背後からガラガラッと引き扉を開ける音がした。急な物音にびっくりして振り返り、目に入った人物に私は目をみはる。
そこには、前回私の接客をしたイケメン、もとい、質入れ詐欺男がいたのだ。
よくも性懲りもなく目の前に現れたな、この悪党め!
そんな気持ちを込めて目の前のイケメンを睨み付ける。
ビシッと人差し指を突きつけて、カウンターにいた中年の男性に訴える。男性は困惑顔で私とイケメンを見比べた。
落ち着いた、けれど、戸惑ったような口調で中年の男性がイケメンに尋ねる。私は男性とイケメンを交互に見比べた。
店内に、なんとも言えない気まずい雰囲気が広がったのだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!