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第4話

第一話-3
433
2022/04/08 09:00
青年
青年
とは言ってもなぁ。でもなぁ……
 先ほどから何に悩んでいるのか、一人でぶつぶつ言いながら考え込んでいたその人はようやく顔を上げる。
青年
青年
あー、くそっ。仕方ないな。よし。これは俺が・・預かろう。その代わり、俺が・・五万貸してやる
遠野梨花
遠野梨花
五万円!?
 私は驚いて声を上げた。

 そんな高額になるなんて思っていなかったのだ。

 確かに高級な万年筆だとは聞いていたけれど、元々いくらなのかは知らなかった。
だから、この質入れ価格が高いのかどうかもわからないけれど、五万円は私にとって大金だ。

 目を丸くする私の前に、ノートが差し出される。
青年
青年
ここに、名前書いて
遠野梨花
遠野梨花
あ、はい
 どうやら取り引きしてもらえるようだとわかり、ホッとした。

 万年筆を手渡されたので、凡そ半年ぶりにそれを手に握った。金色のペン先が紙の上を滑らかに滑る。自分の名前── 遠野とおの梨花りかと記入する。やっぱり、この万年筆はとても書きごこちがいい。
青年
青年
遠野梨花さんね
 カウンターの男の人は、自分の後ろポケットから財布を取り出すと、中から一万円札を二枚取り出し、「あ、足りね」と言った。あまり几帳面な性格ではないのか、紙幣に混じってレシートが財布から飛び出ている。
遠野梨花
遠野梨花
え?
 私は拍子抜けしてその人を見つめた。

 お金って自分の財布から出すの?

 てっきりレジから出すものだと思っていたのに、予想外。ポイントカードとレシートまみれのこの財布が業務用とも思えないし。
青年
青年
ちょっと待ってて
 暫くすると、男の人は片手に五枚の紙幣を持って奥から現れた。
青年
青年
はい、これ
 目の前に、紙幣が乗ったトレイが差し出される。
遠野梨花
遠野梨花
ありがとうございます
青年
青年
ああ。じゃあな
遠野梨花
遠野梨花
ええ?
 私は呆気にとられて、男の人を見返した。

 お金を借りるのだから、もっとたくさんやることが──例えば、決まった書面に住所を書くとか、学生証をコピーされるとか──そんなことを想像していたのに、これでおしまい? あまりに簡単すぎて、逆に驚いてしまった。
遠野梨花
遠野梨花
……もうおしまい?
青年
青年
そうだけど?
遠野梨花
遠野梨花
もっと、何か書いたりしなくていいんですか?
青年
青年
書きたいわけ?
遠野梨花
遠野梨花
……いえ
 小さく首を振って、トレイに置かれたままの紙幣を受け取る。

 これはあの万年筆と引き換えに得たお金なのだと思うと、ずっしりと重く感じる。

 シロは相変わらず、「ニャー、ニャー」としきりに何かを訴えかけるように鳴いていた。
青年
青年
そうだな……。俺、飯田いいだ真斗まなと 
遠野梨花
遠野梨花
は?
飯田真斗
飯田真斗
だから、俺の名前。飯田真斗。金を貸してくれた人の名前くらい憶えておけ
 呆れたようにそう言い放つと、男の人、もとい、飯田真斗さんはすらすらと自分の名前をメモに書き、私に手渡す。そして、仕事は終えたとばかりに片手を腰にやる。

 背後に見える座卓の上には箱が積み重なって置いてあるのが見えた。あれも質入れされた品物なのだろうか。以前も見た緑色のインコは、いつの間にかそこで気持ちよさそうに昼寝していた。
遠野梨花
遠野梨花
あの、ありがとうございました……
 引き戸の前で振り返ると、カウンターの下に座り込んだシロがこちらを見上げて「ニャー」と鳴く。目が合ったのに、シロは付いて来てはくれなかった。

 飯田さんは小さく嘆息すると、カウンターから出てきた。
飯田真斗
飯田真斗
あんた、もっと自分の大事なものをちゃんと見たほうがいいよ。一度手放したら、普通はもう戻ってこない
 じっとこちらを見つめるその瞳に、何もかも見透かされている気がした。

 いたたまれない気持ちになった私は、逃げるようにその場を後にする。

 門を潜り抜けたとき、シロが「ニャー」と鳴く声がまた聞こえたような気がした。