私はこの万年筆を質入れしたのだと思っていた。だから、質流れを防ぐために利息を払いに来たつもりだったのだ。
五万円は大学生の私には大金だ。そんなにすぐには用意できない。
バイト代が入っても、お昼ご飯代やサークルの会費などにすぐ消えてしまう。特に、最近は健也のデート代を支払ったり、売れもしないライブのチケットを大量買いしていたせいで、貯金もゼロだった。
唖然とした表情の真斗さんを見て、急激に不安に襲われた。
真斗さんの説明では、質入れした際に期限内に利息を払えば取り置き延長してもらえるらしいが、それはあくまでも質入れした商品に言えることだ。今の話では、私の万年筆は質入れすらされていない、ただ単に真斗さんが好意でお金を貸した状態になっている。もしかして、今五万円払えなかったら取り上げられてしまう?
シロが足下に擦り寄ってくる。もしここで手放したら、この万年筆とも、この温もりともお別れだ。私はぎゅっと万年筆を片手に握る。
まさか、テレビドラマでよく見る借金取りに追われている人が吐く台詞を自分が口にする日がこようとは、夢にも思っていなかった。
しかもまだ、弱冠十九歳でございます。
必死に詰め寄る私にたじろぐように後退った真斗さんが後ろのキャビネットにぶつかってガタンと音が鳴った。
そのときだ。黙って私と真斗さんのやり取りを見守っていた飯田さんがポンと手を叩いた。
この子って? と振り向くと、飯田さんはにこにこしながらこちらに近づき、シロを抱き上げた。私は驚いて飯田さんを見つめた。
そんなことはあるわけがない。
だって、シロは──。
飯田さんはシロの頭をくしゃりと撫でた。
真斗さんが呆れたように横から口を挟む。
付喪神? 物に宿る神様?
知らないよ、そんなの。
シロはシロだ。いつからかふらりと現れた、私だけにしか見えない不思議な猫だ。
突拍子もない提案に、私と真斗さんが同時に驚きの声を上げる。
真意が掴めず、真斗さんが問い詰めるように飯田さんに尋ねる。
私は驚いて、呆然としたまま飯田さんを見返す。
大手チェーンのファミレスでバイトはしているけれど、シフトが固定されているので五万円の余剰資金を生み出すのは結構大変というのが正直なところ。五〇時間の手伝いと引き換えに万年筆を返してもらえるのは、本当にありがたい申し出だった。
にこりと微笑む飯田さんの笑顔にジーンとくる。
こうして、私のつくも質店での不思議な日常が始まったのだった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。