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第2話

第一話-1
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2022/03/25 09:00
第一話 Montblanc マイスターシュテュック

 七月下旬となるこの日、私は一人、無縁坂を上っていた。

 気象庁が関東地方の梅雨明けを宣言したのはつい二週間前のこと。この時期特有の抜けるような青空が広がり、気温はぐんぐんと上がっていた。坂道を歩いているだけで、じっとりとした汗が噴き出してくる。 

 目的の場所が見えると、急に足が重くなるのを感じた。

 足下を歩いていたシロが「ニャー」と私に呼びかけるように鳴く。

 私はぎゅっと目を閉じると、その鳴き声が聞こえないふり・ ・・・・・・をした。

 通りに面した数寄屋すきや門は最初から開かれていたのでそこをくぐり、玉砂利の中に配置された飛び石を踏んで奥へと進む。引き戸式の玄関の斜め前には少し苔むした石灯篭がある。少しだけ見える敷地の奥では、放し飼いにされた柴犬の子犬が遊んでいた。
遠野梨花
遠野梨花
ごめんください
 ガラリと引き戸を開けて呼びかける。

 すぐに目に入ったのは茶色い木製のカウンターで、その奥ではTシャツ姿の若い男の人が一人、本を読んでいた。
青年
青年
はい。どうしましたか?
 本を閉じた男の人が顔を上げる。若い女性の来客が珍しかったのか、眼鏡の奥の瞳が訝しげなものへと変わった。

 私はその人の顔を見て、ハッとした。以前ここを通りかかったときに見かけた人に似ていたのだ。

 高い鼻梁と眼鏡の奥の切れ長の瞳。やや茶色がかった髪はさらりとしており、前髪が眉にかかっている。キリッとした雰囲気だけれど、表情が穏やかなので不思議と優しげに見える。

 髪形が少し違うし、眼鏡をかけていて服装も普通の洋服だからだいぶ雰囲気は違うけれど、多分同じ人。それに、傍らにはあのときのインコがいた。
遠野梨花
遠野梨花
あの……これ……
 私はおずおずと鞄から黒い箱を取り出すと、それをカウンターに置いた。

 益々訝しげな表情を浮かべた男の人が、それを開ける。中には一本の黒光りした万年筆が入っていた。キャップの縁の部分は金色で、キャップの頂点の辺りには白い星のようなマークが入っている。
青年
青年
質入れ希望?
遠野梨花
遠野梨花
……はい
 足下をシロが片手で叩きながら、「ニャー、ニャー」と忙しなく鳴く。私は足を少しずらし、シロの猫パンチから逃げた。
青年
青年
あんた、学生? 成人はしてないよな?
遠野梨花
遠野梨花
え?
青年
青年
質入れするときは身分証明書が必要。盗難品の可能性もあるし
遠野梨花
遠野梨花
盗難品じゃありませんっ!
 咄嗟に大きな声が出てしまい、慌てて両手で口を覆う。

 盗難品なんかじゃ、ない。だって、これは──。

 男の人はこちらを一瞥してから私の足下を確認するようにちらりと見た。
青年
青年
身分証明書は持っている?
遠野梨花
遠野梨花
はい
 財布に入れていた大学の学生証を取り出し、カウンターの上に置く。彼はそれを片手で引き寄せ、指に挟むと眺めた。
青年
青年
大学生?
遠野梨花
遠野梨花
はい
青年
青年
成人している?
遠野梨花
遠野梨花
まだです。今十九歳……
青年
青年
まじか……
 男の人は眉を寄せ、小さく息を吐いた。