ぐしゃ。紙が変形する音を聞いて、ハルアキくんが「おいっ」と少し焦ったように言った。
「それ生徒に配るんだから、雑に扱うなよ。予備は何個か作るけどよ」
「……うん」
俯いて返事し、シワの入った資料を私とハルアキくんの間にある机に置く。
ハルアキくんが私を気にしているのがわかる。私は顔を上げずに口を開いた。
「好きな人はいないよ」
「おぉ、そうか」
喜ぶでもなく、咎めるでもなく。ハルアキくんは至極普通だった。
「ハルアキくんはいるの?」
なんだか悔しくて聞き返した。
そして、その答えにひどく後悔した。
「――いるよ」
微笑が混じった優しい声は、私に無視できない胸の痛みをもたらした。
……いちいち動揺するな。『知り合いの人』に好きな人がいようがどうでもいいだろ。
「初恋をずっと引きずってんだ。忘れようとしても忘れられなくて……不思議だよな」
「……ふーん」
「だから、最近開き直った。とことん好きでいようってな」
「ふーん」
棒読みを貫く。早く終わって、と願いながら。
不意にハルアキくんがプリントを重ねるのをやめて尋ねてきた。
「お前ラインやってるよな?交換しようぜ」
「いいよ」
スマホを出し合い、ふるふるで友だちになった。
追加してすぐ、私はハルアキくんの名前を「担任」に変更した。
もしメッセージが来ても落ち着いていられるように。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。