第12話

Bérengère 2
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2019/04/26 14:21



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夫人
……嫁入り道具、なの
店主
店主
……それは、どういう
夫人
わたくし、西方の実業家に嫁ぐの
ベランジェールちゃんは、西方に行ったことはある?
Bérengère
Bérengère
……♪
店主
店主
……すみません、ベランジェールは、あなたの膝の上が気に入ってしまったみたいで
夫人
謝らないで。……ふふ、可愛いわ
夫人
……来週、知らないお家に行くの
夫になる人なのに、わたくしにはお名前しか聞かされてない。顔も見たことが無いのよ
夫人
しかも、たった一人で行くのよ。初めて汽車に乗るの
夫人
……わたくし、まだ恋だってしたことがないのに
店主
店主
……
夫人
……お家のため、お家のためだから
わたくしが西方に行けば、お家はしばらく安泰なのだから
夫人
……うちには娘しか産まれなかったの
六人姉妹の、わたくしは四女です。お姉さまが三人、妹が二人
夫人
いちばん丈夫なわたくしが、西方に行くことになりました
夫人
家族でさえも、もうわたくしを名前で呼んではくれませんの。--夫人、--夫人って
……もううんざり
店主
店主
……でも
夫人
でも、もし
夫人
もし、綺麗なプーペが隣にいたら?



.


店主
店主
そういういきさつで、ベランジェールは売られていきましたとさ
店主
店主
……この昔話には、とびきりうつくしいエピローグがあるんだけど
聞く?
Bérengère
Bérengère
……


.


店主
店主
あの夫人に対して、僕がして差し上げられることはごく僅かでした
店主
店主
夫人にベランジェールを譲ろうと決めて、僕は真っ先にベランジェールの着替えに取り掛かりました
店主
店主
チュール、造花、フリルのドレス、髪飾り、柔らかいリボン
どれも純白です
店主
店主
そうして着飾った“麗しのベランジェール”と夫人は、西方行きの列車に乗っていきました
店主
店主
幸せな花嫁がふたり、窓から手を振ってくれました
店主
店主
……長い年月を経て、手から手へ譲られていくのがプーペの宿命
店主
店主
だけど、プーペたちは必ずしも幸せだけを運ぶわけじゃない
それはもう君も知ってるよね
店主
店主
……でもさ
店主
店主
ベランジェールも、夫人も、今まで売っていったプーペたちも、今ここにいるプーペたちも
店主
店主
みんな幸せになれたらいいな、なんて
夢物語ですか、と問うたのは、いまにも消え入りそうな声の店員だった。
店主
店主
……ふふ
店主
店主
地上街の「まともな大人」ならそう言うだろうね
店主
店主
でもここは地下街じゃないか! 現実もへったくれもないよ
店主
店主
--それに、この世のものとは思えない人形も存在するんだ
夢物語だって、叶いそうな気がするよ
店員は最後のハタキをかけ終わり、仄かに潤んだ目で、そろそろ寝ましょう、なんて言い出す。
店主
店主
……そうだね。じゃ、あの子たちに「おやすみ」の挨拶をよろしく
店主
店主
おやすみなさい
店主
店主
……あ、そうだ

もし興味があったら、ベランジェールのご主人から届いた絵葉書があるよ
明日にでも、読むかい?
店員の烏羽色の瞳が、驚きで見開かれたあと、喜びを孕んでぱあっと輝いた。


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