やあ、おはようテレーズ

ああ、あの子ならね、今日は寝ているよ。風邪をひいたんだ

風邪……うーん、故障、みたいな感じ。わかるかな

－－それで？　どうして勝手にクロゼットから出てきたのかな？

ああ、テレーズ、駄目だって言ってるじゃないか！
……クロゼットの外は危ないんだよ。湿気もあるし、悪い人もいる。躓いて転んだりなんかしたら大変だろ？

－－分かってくれたなら良いんだよ。ほら、早くお帰り

……はいはい、仕方ないね
ほら、新しい望遠鏡。どう？　綺麗じゃないかい？

－－どうかな。銀河は見える？　星団は？　一等星は幾つ数えられる？　君のお気に入りのプレアデスはあるかな？

さ、良い子のテレーズ、姉妹にも星座を見せてあげられる？

－－うんうん、テレーズは優しい子だね。偉い偉い
じゃあ、くれぐれも気を付けて。またね

……あれ、君じゃないか。寝てなくていいのかい？　頭痛はもう治ったの？

－－ああ、見てたんだ

あっ、誤解しないで！
……だって、仕方ないじゃないか。本物の星は見せてあげられなくても、夢ぐらい見せてあげたいんだよ

テレーズは宇宙が好きでね、将来の夢は宇宙飛行士……驚いた？　いや、どうやら前の主人が読ませた絵本の影響らしくて

だけど、外には出してあげられない。次の主人が見初めに来るまではね

だからね。あれが－－万華鏡が、テレーズの望遠鏡
でもテレーズは、厚紙と鏡の筒の奥に、確かに宇宙を見てる

僕は、すべてのプーペを幸せにしたい。これは嘘じゃないよ
でも、ことテレーズに関しては、もうこれ以外どうしてやったら良いのか分からないんだ

プーペの幸せって、何だろうねぇ

－－え？　君、星を見たことがないの？

ああ、なんだ。｢綺麗な｣星は、ね

確かにこの辺り、空気も汚いし、最近は高いビルも増えてきたし……。あんまり綺麗な星は見えないか
でも僕がうんと子供の頃はね、しし座の流星群が見えたんだよ－－ちょうどこのくらいの時期に

あはは、黙っちゃった。老人の昔話には興味無いかな

－－え、君、それ本気で言ってるの？

流星群、知らない？

そうだね－－流れ星はわかる？
あれが天鵞絨（ビロード）の空いっぱいに、わあって流れるんだ。一晩中だよ

ほんとに綺麗なんだよ。今だと何処まで行けば見れるかな。泰山を登らないと見えないかも……
ふふっ、残念。人形屋ジョーク

毎年この時期はね、兄さんたちと示し合わせて、夜中にベッドを抜け出したんだ。それで地上へ行って、しし座流星群を見る
で、夜明け前には地下街に帰って来る。でもね、ベッドに潜り込む前に父さんに見つかって、よく朝まで叱られたものだよ

いつか君にも－－出来ることならテレーズにも、見せてあげたいなぁ

……うん、うん。……そうだね
じゃあ今度の朝市で、テレーズに新しい宇宙の絵本を買ってあげようか

ああ、朝市－－来週末のやつ、君も着いてきてね。荷物が多いんだ
これ雇い主からの命令だよ。……じゃあ仕方ないな、雇い主の名をもって、揚げ砂糖の買い食いを許可する

だからほら、さっさと寝て風邪を治す！　症例は無いけど、万が一プーペに移ったら大惨事だよ

……はい、おやすみ。また明日

……

……うーん

(オート･プーペを見たことがないどころか、存在すら知らない。流星群も－－
あの子、一体どんな生まれなんだ)