店主がそう言い出したのは、お客の来なかったある営業日のことだった。
欠伸と同時に大きく腕を伸ばす。
広がった袖が壁飾りのステンドグラスに触れ、危うく揺らぎかけた--のを、駆けてきた店員の少女がやっとのことで押しとどめた。
店主は何事も無かったかのように喋り続け、少女は呆れたように肩を竦めて椅子に座り直す。
その語尾を消し去るように、大きな羽音が聞こえてくる。
シャッターを閉める手を止め、少女はきょろきょろと辺りを見回す。地下街の西側、ちょうど今しがた話していた朝市の開かれる広場の方から、小さな鳥が飛んでくるのが見えた。
羽音は徐々に大きくなり、小鳥の影も常軌を逸した速度で拡大する。小鳥から、鷹、鷲、鶴、そしてもっと大きく、足を延ばし、まるで人間のような--
少女は羽ばたいた風をまともに浴びつつ、目を丸くしてその様子を見守る。
遂に影は、帽子を目深に被った青年の姿で店の前に降り立った。
青年は襟の合わせ目から淡い青の封筒を取り出し、恭しく店主に差し出す。
鳥の鳴き声のような奇妙な声を上げながら、青年は再び小鳥の姿になって地下街の暗闇に溶けていった。
上気した赤い頬の店員は、ようやっと硬直を解き、今の男は何だったのかと店主に詰め寄る。
ひらり、と封筒から落ちてきたのは、一枚のカラー写真だった。
細い三つ編みを風に靡かせ、撮影者に向き直る金髪のプーペ。大きな麦わら帽子を抱え、草原を背景に従えたその写真を、店主がそっと拾い上げた。
次に封筒から取り出した数枚の便箋には、癖の強い丸文字が所狭しと並んでいた。
店主は色眼鏡を外し、目を細めてその文字を追い始める。
手紙を読み耽っていた店員が咎めるように顔を上げる。
便箋からふわりと蜂蜜が薫っていた事に、店員は手紙を読み終えてようやく気付いた。彼女の手紙のどことなく暖かな雰囲気は、きっとこの蜂蜜の香りのおかげなのだろう。
店主は椅子に掛け直し、どこか遠い目で話し始める。
店主はまた大きな欠伸をする。つられて店員も欠伸をして、二人して目を合わせては笑ってしまった。
誰に語りかけるでもなく、歌うように、店主は部屋の灯りを消そうとする。最後にもう一度、便箋の甘い香りを吸い込んだ。
ランプの灯が落とされれば暗闇。
闇は即ち、人成らざるもの--人形の縄張り。
蝋燭に、ふっ、と息が吹きかけられた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。