その言葉に、慌てて扉から手を離した。意識を失っていた時みたいな、どこかふわふわした感覚が今も残っている。
ゆっくりと閉まっていく扉に南京錠をかける店主、その後ろに、小さな背中が付いてきていた。
石楠花色のさらさらした髪を太い一本の三つ編みにして、眼鏡をかけ、ウールのワンピースの裾を引く、それは。
こどものようにあどけない、でもどこか機械的な声があたしに語りかけてきた。声の主はもちろん、その石楠花色のプーペ--フレデリークで。
あたしはひっくり返る程驚いていたというのに、店主は呆れかえるほどにいつも通りだった。
こんな小さな存在を相手に、声が震えて情けない。
鼓動がどきどきと煩かった。舌足らずな話し方に丸い瞳、フレデリークというそのプーペは店主によく懐いている。
こどものようなフレデリークと、これに傾倒しているという例の教授。不健全、アンバランス……
唐突に件の教授の大声が響き、あたしは文字通り飛び上がった。
店主は珍しく胡乱げに、あたしの顔を覗き込んだ。
慌てて立とうとして、足元がふらついた。小さいフレデリークを蹴りやしないかとバランスを崩して、あたしは床に頽れる。
あれ、おかしいな、どうしちゃったの…?
人形に中ったり酔ったりするなんて、初めて聞いた。でも、頭がふわふわするこの感覚とか、覚束ない足元とか、確かに酔っぱらいに似てるかも。
それに、もう教授に会わないで良いのなら嬉しい--
店主が目を細めて笑っている。何が楽しいの。
自分でもどうしてこんな質問をしたのか分からないけれど、フレデリークは真面目な顔をして考え込んでしまった。
フレデリークの答えに、なんだか拍子抜けして笑ってしまう。
そうだよね。まだこんなに小さいんだから--
ああ、プーペって、こんなにきちんと物事を考えられるんだ--
この子ともっと仲良くなりたい。店主が馬鹿みたいに高いプーペをついつい集めちゃう理由か、なんとなく分かるような気がした。
店主はフレデリークの小さな手を優しく取って、似てない親子みたいに並んで廊下を進んでいく。
あたしは壁にもたれて、聞くとは無しにふたりの会話をぼんやり聞いていた。
店主が何て答えたかは聞こえなかった。
ふたりが角を曲がって見えなくなって、それでようやく、あたしは部屋へ戻ろうと思えたのだった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。